「部下」しか使えない社長と「人」を使える社長③

優れた社長には自分を補う人材を使える器がある


取材の主旨とは関係ない雑談の中で、ある中小事業者の社長(当時)が、このようなことを言ったことがある。

話によると、自宅で会社の幹部たちを頼りないと言ったところ、自分の考えを持っていないなどと幹部社員の愚痴を言うのは筋違いだ、と逆に奥さんから叱られたという。ちゃんとした考えを持っている社員は社長と意見が合わずに辞めていき、なかには独立して立派に会社を経営している人もいる。だから社長の言う通りにしか動けない人たちだけが会社に残ったのは自分自身に原因がある。それでも会社がここまで成長できたのは、その幹部の人たちがいたからだ。それなのに幹部社員を悪く言うのは間違いだ、と諭されたというのだ。

その話を聞いて、良い奥さんだなと思った。

この社長(当時)は創業者で、奥さんも設立当時から経理を担当して一緒に会社を大きくしてきた。決して表面には出ないが、陰で経営を支えてきた。このような夫人がいてこそ、会社が発展してきたともいえる。中小事業者には、このようなケースがけっこうある。

同夫人は設立当時から今日までの、会社の経緯と事情をよく知っている。しかも冷静に、客観的に物事を観ているのは、すごいことだと感心した。

そこで「社長(当時)の会社が発展してきたのは奥さんの力だということが良く分かりましたよ」と冗談を返して、お互いに笑いあったのだが、本当に素敵なパートナーだと思う。

ここで紹介したエピソードは、多くの中小企業に共通する教訓を含んでいる。会社は人間の集団であるから、人間関係は複雑である。これは企業の規模には関係ない。大会社は大会社なりに、中小企業は中小企業なりに、それぞれ人間関係が複雑に絡み合っている。

このような人間関係には、水平的な人間関係もあれば、上下の関係もある。ここでは経営トップと幹部社員や一般社員、あるいは上司と部下といった上下の人間関係を念頭に話を進めていく。すると、先に紹介したような話は、ごく普通に存在する。

経営者は、自分の意に沿わない人を遠ざけようとする。人間である以上、このような心理をまったく排除するのは不可能だ。問題はその程度なのである。

取材では様ざまな経営者に会う。もちろん、フィーリングの合う人もいれば、どうもソリが合わない人もいる。たくさんの経営者の中には、個人的には苦手な人もいる。それでも経営者としては優れた能力をもっていて、いわば取材対象としてのバリューがある人なら、取材という仕事上での関係では大切にするようにしている。

とはいえ、どうも感覚的に合わないなという人は、先方も同様に感じていると思って間違いない。それでも取材には喜んで応じてくれるし、かなり核心に触れるような内容でも的を逸らさずに応答してくれる。お互いの見解の相違に関しては、忌憚のない意見をぶつけ合ったりもする。先方も個人的には合わないと感じているはずだが、取材に応じるのは当方からも経営のヒントをそれなりに得ることができるからに他ならない。

経営者と部下との関係でも同じである。経営者は自分と意見が違うと幹部や社員を排除したがる傾向にあるが、能力のある幹部や社員なら、その力を引き出して活かすようにしなければならない。それが組織の上に立つものの度量であり、経営能力でもある。

しばしば経営者は「有能な人材がいない」といったことをいう。ある中小事業者の代表者が、そのようなことを言ったとき、「有能な人材と一口に言っても、どのような人材を求めているのですか」、と聞き返したことがある。そして、「もし有能な人材が社長より優れた能力を持っているとしたら、そのような人を使いこなすことができますか」と訊ねた。

さらに、「使えこなせないとしたら、社長よりも有能な社員がかりに会社に入ったとしても、会社に留まっているはずがないでしょう。だから有能な人材といっても、どのように有能な人材が必要なのかを明確にすることが必要ではないですか」と言ったら、黙って考え込んでしまった。

経営者は有能な人材が欲しいと言うが、たいがいは自分の器を超えない範囲での有能性を無意識のうちに求めているのである。そうではなく、自分の器を超え、自分の器を補うことができる人材を使いこなすことが、経営能力であり経営手腕なのである。