「運営」でも良かった時代から「経営」が必要な時代に ④

特定の取引先への依存から脱却


ある中小事業者の事例である。この事業者は、以前は特定荷主からの売上が高かった。また、その特定荷主と同じ業種の取引先を含めれば、ほぼ100%を特定業種の荷主との取引に依存していた。

 

ところが、現在ではその荷主の業種は、昔と比べると構造的に衰退している。荷主業界ではこの間に企業再編成が進行して企業数も半数以下になっている。つまりその産業の荷主だけを対象に事業を行っていたのでは、取引の対象となる顧客数が半分以下になってしまったことになる。もちろん国内の需要がなくなることはないが、国内需要はすでにピーク時の約半分程度に縮小してしまっている。

この事業者が、もし従来からの経営をそのまま続けていたならば、売上は単純にみても約半分になってしまっていただろう。ところが、この事業者の売上高は昔より増加している。その理由は簡単で、この間に新しい産業分野の荷主との取引を開拓してきたからだ。

その結果、かつては売上のほぼ100%を依存していた業種からの売上構成比は、現在では約3分の1になっている。その業種からの売上は自然の成り行きにまかせており、他の分野の市場の開拓に努力している。

とくに今後の成長分野として力を入れているのは環境関連の事業である。この企業が環境関連事業に参入したのは1990年代の半ばからであった。基本的には、それまでの主力取引先であった産業からの仕事の延長のような形で環境分野に進出したのである。

 

しかし、その当時はまだ主力取引先の業種も、今日ほど需要が縮小するとは予想されていなかった。反対に、環境分野も漠然とした予測としては有望視されていたものの、現在ほどは注目されていなかった頃のことである。環境事業に参入した経緯は、多少は偶然的な要素もあったことは否定できないが、それでも先見の明があったことになる。

現在では環境関連事業が売上の約3分の1を占め、20年ほど前まではほぼ100%であった業種の企業からの売上構成比も約3分の1、その他からの売上構成が残りの3分の1であるが、その他の売上の中には今後有望な分野が含まれている。

 

このように、従来の取引先だけに依存した経営を続けているような、いわば「運営」をしているだけではいけない。経済・社会の変化に対応し、さらに将来を見越して経営の優先順位を的確に判断する「経営」が必要なのである。

 

ここ10年ほどの間に、従来の主たる取引先や商売の対象業種から軸足を徐じょにシフトしたために、業績を伸ばすことができた事業者は、私が取材している範囲でも少なくない。これらの企業に共通するのは、この間に経営者が交代していることである。ほとんどが中小企業なので、オーナー社長からその子息へのバトンタッチというケースが多い。

 

オーナー経営者は長年、自分たちが取引していた顧客に対しては強い思い入れがある。これは当然であろう。しかし、経営者としては取引先を客観視できる眼が必要だ。その点、子息の後継社長の方が、長年の取引先といえどもその将来性などを感情移入なしで判断できやすい。また、今後の有望な分野や顧客などについても、冷静に予測したりすることができるのではないだろうか。このようにして時代は変わり、次の世代に引き継がれていくのだ。

 

そして新しい状況と経営環境下では経営のプライオリティが違ってくる。この経営のプライオリティを的確に判断する能力が経営者には求められている。

 

プライオリティを判断できない経営者が座り続けている社長の席を、文字通り「シルバーシート」という。社長の椅子がシルバーシートになっていないか。

社長の椅子がシルバーシートになっているようなら、プライオリティシートに変えるには、そこに座るにふさわしい人に交代するのも一つの解決策である。