経営における足し算と引き算⑥

引き算の難しさと「知恵」と「知識」の違い


このように2世経営者が最初に手掛けなければならないのは引き算である。何を引き算するかといえば、これまでは経営上で重要な事業部門であったとしても現在では採算性が悪く将来性の低い部門からの撤退であったり、古くから仕事を委託していた下請け企業だが生産性の低い取引先の再検討であったり、長年の調達先であるが故に形式的に相見積もりは取るが、実質的には無条件で発注を続けていた仕入の見直しなどである。さらに、企業内で長年にわたって形成されてきたステークホルダーにもメスを入れなければならない。

さらに難しいのはどれだけ引き算するか、いつ引き算するかの判断である。10のうちの2を引かなければならないのに、1しか引かなければ、引き算しなかった1が将来経営の足を引っ張ることになるかもしれない。反対に3も引いてしまうと企業は弱体化してしまう。

また、引き算に着手するのが遅れれば、それだけ経営的にダメージを受けることになる。引き算をするタイミングが早すぎても、内部的に混乱をきたすことになる。

このように引き算するにも、どれだけ、いつ、が重要なのである。

そして、引き算だけでは企業は縮小再生産の循環に陥ってしまう。引き算の後には足し算をしなければならない。足し算とは、収益性の高い部門への経営資源の集中であったり、将来有望とみなされる部門への進出や、コアビジネスのシフトなどである。

この足し算には企業の将来ビジョンが不可欠である。つまり、2世経営者は過去の分析と、将来展望がなければリストラクチャリングができないことになる。何をどれだけ、いつ引き算するか。そして何を、どのように足し算するか。これが創業経営者にはない2世以降の経営者の難しさである。

このように創業経営者には創業経営者の困難があり、2世経営者には2世経営者の難しさがある。そして、一般論として言うと、どちらにも一長一短がある。

取材をしていて感じるのは、優れた創業経営者には「知恵」があるということだ。「知識」ではない、知恵なのである。創業経営者といっても経歴は様ざまだが、失礼ながら中には知識があまりない人もいる。しかし、それに勝る知恵を、創業者はいずれも持っている。成功した経営者はだれもが優れた知恵を持っている、といって良い。だからこそ、事業を興して成功したのである。

それでは「知恵」と「知識」の違いとは何か。知識とは学習によって得られる理論などである。2世経営者は恵まれた経済環境にあるので、たいていは高学歴である。本人が希望すれば勉学に打ち込める条件にあり、親もまたそれを望む。したがって、学問的な知識を得ることができるのである。

それに対して知恵は、必ずしも学問によって得られるものではない。知恵とは、生活(経営)に必要なことは何かを見抜き、それを自分の諸条件に上手に応用して取り入れることができる能力である。これは教科書による学習ではなく、実体験から得られるものである。同時に、先天的な要素も大きいように感じる。

創業経営者の中には、学歴の低い人もいる。しかし、優れた経営者には卓越した知恵がある。これは生きるための能力といえるだろう。

経営者向けのセミナーでは、知恵と知識の違いとはどのようなものかを知ることができる。創業経営者の中には、講師の理論的な話が十分に理解できない人もいる。講師の話を理解するために必要な基礎的知識が伴っていないからである。したがって、講師の話を論理的、体系的には理解できない。しかし、自分の仕事に応用して役立てることができるような内容については、講師の片言隻語も聞き逃さない。そして、講師のわずかな言葉から、なるほど、こうすれば、どうなるか、というヒントを瞬間的に感得してしまうのである。優れた創業経営者は、このような知恵が秀でている。