経営における足し算と引き算⑤

資材調達先などとのなれ合いの見直しも必要


次に、長年の取引によって、弊害が見られるようになった仕入れ調達先への対応をみよう。これも中小企業の例である。

社長を継承した2世経営者は、それまではほぼ特定されていた車両やタイヤなどの仕入れ先の見直しを行った。これは資材調達などの担当者や、現場の従業員の意見なども反映した結果である。

その会社の重要な経営資源であるトラックは、毎年、少しずつ代替え更新していかなければならない。ところが、従来は特定メーカーのものだけを購入していたのである。タイヤなども、ある特定のメーカーだけから購入していた。それは前社長(実父)の方針による。

しかし資材購買の担当者などは、他メーカーのトラックや、他社のタイヤとの性能比較などもしていた。その結果、資材購入担当者には他のメーカーの製品の方が性能的に優れた部分があることなども分かっていた。もちろん、どこかのメーカーが総合的な性能で断トツというわけではない。性能的には各メーカーそれぞれに一長一短がある。技術的にはそれらを総合的に判断し、さらに価格を比較することが必要というのが、資材購入担当者などの考え方だったのである。

しかし、前社長は長年の間に、特定メーカーの販売店と親しい関係ができていた。販売店からすると、これも重要な営業手法といえるのだろう。したがって、仕入れ先を代えることに、前社長は強く抵抗した。そこで経営を継承した2代目社長は、トラックを何台か代替えしなければならない時に、1台だけは性能など総合的な判断で優れていると思われるメーカーのものを導入して、特定の購入先であったメーカーの車両と性能を比較することにしたのである。機械的な比較だけではなく、作業性などについては現場の従業員の協力も得て、総合評価することにした。タイヤなども、従来とは違うメーカーのものを一部購入し、耐久性などについて、やはり定量的な比較をした。

このような裏付けデータを基に、購入先が特定メーカー1社だった経営から、総てのメーカーの性能や価格などを比較して必要に応じて購入するような経営の仕組みに転換を図ったのである。実は、この方針転換に一番抵抗したのは前社長だった。

この事例からも分かるように、2世以降の経営者が行わなければならい引き算は難しい。顧客や事業分野の見直し、仕入れなどの購買関係の見直しも難しいが、もっと厄介で困難なのは内部要因なのである。

先のケースでは、引き算に対して最も強く抵抗したのは前社長であった。これは前社長だから反対を表明できたのである。しかし、2世経営者の行う引き算に対して表面的には異を唱えなくても、陰で反対する勢力が社内にはいる。長年の間、従来の経営体制の中で構築されたステークホルダーが社内には存在するからである。

これらのステークホルダーたちは、前社長の経営下で生まれ育成されてきた。もちろん最大のステークホルダーは前社長に他ならない。2代目経営者の引き算に対して、前社長は反対をハッキリと表明するが、それ以外の社内のステークホルダーは、引き算をした場合に起きる経営や現場でのマイナス面だけを誇張して主張することで、実質的な反対を唱えるのである。なぜなら、ある事業から撤退するということは、自分自身の社内での地位や発言力が足元から揺らぐことになる場合もあるからだ。

不採算部門や、将来性の見込めない部門からの撤退という引き算に対する抵抗は、このように社内に存在するのである。その抵抗勢力とどのように向き合うか、ということも2世経営者にとっては最初の大きな仕事になる。

ある中小事業者の2世経営者は、経営環境が厳しくなり、経営内容も悪化した状況の中で社長を継承した。最初に手掛けなければならない引き算は、経費削減であった。その中でも人件費の削減は、嵐の中での一時避難のように当面する大きな課題であった。そこでこの2世経営者は、最初にまず会長(前社長)の役員報酬を大幅に引き下げることにしたのである。会長(実父)には「さんざん嫌味を言われた」そうだが、正常な経営内容にするために、最初に手掛けたのは最大のステークホルダーに引き算を求めることであった。そうしなければ従業員への示しもつかないし、以後の協力姿勢にも影響するからである。