経営における足し算と引き算④

2代目以降の経営者にはマイナスとプラスが必要


創業経営者の基本が足し算の経営とするならば、2世経営者以降には何が必要か。

2世経営者が最初にまず取り組まなければならない経営課題は、引き算である。さらに引き算をしても、そのままでは企業規模が縮小することになるので、その後に足し算が必要になってくる。

創業経営者の経営の基本は足し算でありストラクチャー(構築)なのに対して、2世経営者の経営は引き算の後に足し算に転じる。いわばリストラクチャー(再構築)が基本になる。ストラクチャーにもリストラクチャーにもそれぞれの難しさがある。

まず、ストラクチャーからみると、創業経営者には過去の実績がない。既存の取引先もないが、創業するからには何らかの伝手があると考えてもよいだろう。つまり、その業界の企業に長年勤めていて業界事情に精通しており、独立を準備する段階では独立後の取引を打診して内諾を得ている取引予定先があるなどである。独立後は、最初は特定の顧客と少額の取引からスタートしても、少しずつ取引先を増やしていけばよい。

しかし、売り上げを拡大しようとすると、それに伴って設備投資なども必要になる。だが、創業間もない企業は資金調達などの面で非常に不利である。日本の金融機関は、何よりも「過去の実績」を重視するからだ。昔と比べると、最近ではベンチャー企業などへの融資も多少は良くなったが、それでも日本の金融機関は新興企業には与信審査が厳しい。良くいえば慎重で手堅いということなのだろうが、本質的には支店長や融資担当者などの自己保身である。個人的なリスク回避をビジネス上のリスク回避という理由にすり替えている面があることも否定できない。ともかく、新規の融資先などに対しては実に保守的である。

従来にはなかったが、将来性が望まれると思えるような新規サービスを創造し、それを事業化するにはまとまった資金がいるような場合がある。しかし、創業して間もない企業では資金調達が大きな壁になるような事例を、取材を通して何件も見てきた。これが、新サービスの育成を阻害し、創業したばかりの企業の成長にブレーキをかける結果になってしまうこともある。

長年の社歴があってその地方では老舗の事業者で、社長が新しい分野の事業を興そうとした。もちろん本業から派生した新たな事業である。そこで何人かの経営者と共同出資して新しい会社を設立し、その会社で新分野の事業を始めたのである。すると、親会社のメインの銀行ですら、新会社への融資をためらった。親会社の債務保証があれば融資できるが、そうでなければ融資できないと言ってきたのである。新会社は実績がないから、というのがその理由なのだが、まったく新たに創業した社長ではいかに資金調達が難しいかが分かろう。

このように創業社長の大きな壁は、過去に実績がないための信用力や、資金調達の困難さなどである。それに対して、2代目以降の経営者には企業としての過去の実績や信用力などが最初から備わっている。これは2代目社長の有利な条件である。

だが、過去の実績は有利な条件であると同時に、大きな障壁にもなり得る。過去の成功が新たな成長のブレーキとして作用するようになってしまうことがあるのだ。したがって2世経営者は、最初にこの過去の不必要な部分を引き算することからスタートすることが必要なのである。

引き算しなければならない過去は様ざまで、事業部門や顧客関係では、不採算部門や採算性の低い取引先、将来性の低い事業部門や衰退傾向にある顧客との長年の関係をどう見直すか。機器や資材の調達など仕入れ関係の取引先では、取引関係が長く固定していたための弊害をどのように除去すべきか。社内的には社歴は長いが経営環境の変化についてくることができない幹部社員などをどのようにすべきか。その他である。

まず、事業部門や取引先の再検討からみよう。ある中堅事業者の例である。その事業者は創業以来、ある特定業種の取引先で売り上げの大部分を占めていた。ところが、その取引先の業種は構造的に衰退傾向にある業種だった。経営を引き継いだ2世経営者が、そのままの経営を継続していたら「じり貧」になっていただろう。

そこで、まず引き算が必要だった。引き算といってもこの事業者の場合には、既存の取引先から撤退するということではない。創業以来ずっと経営の基盤であった取引先(業種)に依存していては自社の将来性はないという認識に基づいて、それらの業種の取引先からの既存の業務受託範囲は自然減を前提とし、売り上げ増加を図る努力ではなく、売り上げ維持ないしは売上減少の速度を遅くするような対応に転換したのである。

同時に2つの経営戦略を立てた。1つは既存の取引先(業種)関係では、従来から受託していた業務内容以外にも、新規取引が可能な内容の業務を新たに受託するための開拓努力である。社内の態勢もそれを可能にするようにした。もう1つは、従来のノウハウを活かしながら、他の業種の新規の取引先を対象に営業開拓するような経営方針である。

つまり、時間をかけて少しずつ引き算をし、新たに2つの分野で足し算をするという経営戦略だった。新たな足し算の1つは、取引先としては既存の顧客だが、従来は受託していなかった業務内容の開拓であり、もう1つの足し算は全く新規の顧客開拓である。

その結果、経営を継承した時点では創業以来の経営基盤であった業種の顧客からの既存の受託業務の売上比率が90%以上だったが、10数年をかけて約3分の1の比率にまで引き下げることができた。これにより、古くからの取引業種が業界全体として今後も衰退傾向が続いても、この会社の経営は安定するようにしたのである。