ある中小企業のケースを紹介しよう。
この会社は創業者のオーナー経営者が社長である。一見するだけで、裸一貫から会社を興した叩き上げの経営者だな、と外見からも認識できるような風貌であり、言動である。 実際、あらゆる面で創業者のオーナー経営者に共通する思考と行動パターンがみられる。典型的な創業者のオーナー経営者タイプなのである。
その会社に、子息が帰ってきた。正確には学校を卒業してから会社勤めをしていたのだが、その会社を辞めて父親が経営する会社に入社したのである。 どうも、父親の社長は息子が会社を継いでくれることを密かに期待していたものの、帰っては来ないかもしれない、と諦めていた節がある。だが、子息が会社に入ったということは、いずれは事業を継承することが、当然の前提である。
そこで社長が俄然、張り切りだしたことはいうまでもない。
ところが、驚いたことが一つある。
それまでは創業者のオーナー経営者にみられる典型的な思考と行動パターンをしていた経営者が、社内の組織体制の構築を進め、仕事の仕組みを体系的で合理的にするために自社に合ったシステムの開発・導入に着手し、経営の意思決定や業務遂行などのルール化に取り組みはじめたのである。
これまでの社長の思考と行動パターンからは全く想像できなかった。 自分がこれまで行ってきたような経営のやり方では、自分以外の人間では経営することができない。それが息子であろうと、あるいは優秀な社員や外部から招請した人であろうと、現状のままで経営を引き継がせたら、誰が次の社長になったとしても経営することは難しい。そのことを自覚していたのである。
そして、社長を譲る前に、自分の責任で次の社長が経営できるような形を整えなければならないのだ、という認識をもっていた。
ある時、取材で同社を訪ねた。その帰りに、最寄りの駅まで社長が車で送ってくれることになった。 その車中での話である。社長から「これまでのような経営は、俺だからできた。社内の指揮命令もそうだが、取引先との商談などのやり方も、創業者の俺だから自己流で押し通すことができたので、息子であろうと誰であろうと、そんなやり方はこれからは通用しない。だから息子に社長を譲るまでに、社内の体制を整備したいので、これからも気がついたことがあったら遠慮せずに何でもアドバイスしてくれ」、といわれたのだ。 ここまでの認識と自覚をもった経営者は少ない。その時、どこにでもいるような単なるたたき上げのおっさんじゃなかった、とその社長を見直した。
その後も同社長、子息とはいろいろとつながりを持っている。