後継者育成には様ざまな方法がある①

自分が「いなくなってしまう」ことも事業継承の一方法


経営者自身による後継者教育も重要だ。しかし、教育には様ざまな方法がある。

何人かの経営者が集まったある会で、会議の後、居酒屋に繰り出して飲みながら経営について話しあったことがある。様ざまな内容を議論し合ったのだが、その話の流れの中で後継者の問題が話題になった。

同席していたメンバーはいずれも中小企業の経営者だが、年齢的に壮年層の人たちなので、社内の立場はいろいろである。すでに社長になっている人もいれば、まだ父親が社長で本人は専務などの立場の人もいる。また、社長であっても、創業者もいれば2代目という人もいる。

そこで、自分が社長を継いだ時の経験談や、これから社長を継ぐ立場からの意見。そしていずれは息子や社員に経営を引き継ぐ時が来るが、どのようにバトンタッチすべきか。後継者育成はどのようにしたら良いかなどいろいろな意見がでた。

その中で、一番良い継承の方法は「社長が亡くなってしまうことだ。それなら会社を継ぐのは嫌だといっていても、普通なら長男が継がざるを得ないし、従業員もそれで納得する。それに後継者はいきなり自力で経営せざるを得ないので、身をもって経営を覚えることになる」、といった話になった。この時は皆で笑ったのだが、たしかに一理あると思う。

亡くなるというのは緊急事態であるので、それはともかくとしても、前社長は後任に譲ったらもう一切の口出しをしないで、後継者にまかせることも重要である。もちろん、緊急事態には自分が出ていけば何とかできる、という不測の事態に備えておくことは必要だが、あとは黙ってまかせるのである。

少し歯がゆかったとしても、じっと我慢して黙っているのが経営を譲る側としては大切な後継者教育の方法の一つであり、いったん譲った以上は、口出ししないのが暗黙のルールというものでもある。もし、新社長が頼りないのでつい口を出してしまうというのなら、そのような人を後継社長に据えた自身の判断が間違っていたのだと自戒すべきだ。

その点で、ある企業の事例は示唆的だ。

この会社は、先代社長が息子に経営を譲った時には1億1400万円の売上規模であった。子息は父親がオーナー経営をしている会社に勤めていたのだが、結婚をしたのを機に専務になった。なったというよりも、させられたと言った方が正確な表現かもしれない。まだ20代後半であった。

そして本人がいうには「ルンルン気分で」新婚旅行から帰ってきて会社に出社すると、社長は会社にいない。それ以来、社長は会社に出てこなくなってしまった。

数日後には給料などの支払いがある。経理担当者に聞くと、給料を支払うだけの金額がない。資金が不足しているという。社長の自宅に電話すると、「お前が専務なのだから、不足金額の調達は自分の責任でやれ」というだけで会社には出てこないし資金調達にも動かない。

そこで経理担当者に、「このような時には、今までどのようにしていたのか」と尋ねたのだが、「専務なのだから自分で考えて、何とかして下さい」というだけだった。おそらく社長から、何を訊かれても「専務が考えてください」としか答えるな、ときつくいわれていたのだろう。

結局、これまで一度も銀行に融資の申し込みなどした経験がないのに、1人で資金調達をせざるを得ないことになった。そして給料日には何とか全員に支給することができたのだが、その数日後に今度は外部への支払いがある。これも社長に電話で連絡したが「専務なのだから自分で考えて何とかしろ」というだけで、いっこうに会社に出てこようとはしない。経理担当者に訊いても同様で、「私は経理担当にすぎませんから、専務が指示して下さい」というだけである。そこで、資金調達に奔走しなければならなかった。

金融機関が融資に応じたのも、もちろん、親父の社長の信用という裏付けがあってのことに違いない。それでも、社長が「いなくなる」ことで、後継者は必死に経営を覚えなければならなかった。後継者教育と事業継承の一つの手法ではある。

この企業は現在では中堅規模の規模に成長している。