後継者育成には様ざまな方法がある②

もうお前に任せたのだから俺は何も言わない


これに似たようなケースがある。この中小企業は創業社長が息子の専務に社長を譲るに際してCIを行った。総て専務の意向に基づいて、ある代理店に委託してCIを行ったのだが、社内のプロジェクト・メンバー以外に、専務からの直接の依頼で筆者も1人だけ社外からプロジェクトのメンバーに加わった。

プロジェクト全体は委託先の代理店が推進したのだが、定期的なプロジェクト会議には私もメンバーの1人として出席し、自由に意見を述べた。これまでの業界状況と同社の事業展開の分析、業界の現状と現在の同社の事業内容の検証、将来の顧客ニーズの変化と業界の動向の予測ならびにその中おける同社の今後の企業戦略の検討などである。

ところが、いつの会議でも社長が出席していない。そこである時、専務に聞くと社長は外出しているわけではなく社内にいるという。それならば、会議に出席してもらったら、と私がいったのである。専務が社長室に呼びに行くと、会議室に顔を出した。そして隅の方の席に座ったのである。

ところが、何も言わずにただ黙って座っているだけなのだ。専務を中心に社内のメンバーや外部からも人が入って好き勝手なことを言い合っている。会社の過去の歩みや現在の事業内容の分析では、必然的にこれまでの経営に対する間接的な批判内容も含まれてくる。社長としては当然、反論や言いたいこともあるだろうに、何も言わずに微笑みながら黙って聞いているだけなのである。

そこで、私が「社長はどう思いますか」と時どき振るのだが、決まって「俺にはそんな難しいこと分からねえ」というだけである。いつも、それだけしかいわないで、あとは黙ってしまう。

それ以上、何を聞いても同じなので、また議論に熱中するのだが、時どき社長の方をちらっと見て様子を窺うと、息子の専務を中心に若い人たちが議論している様子を微笑みを浮かべながら、黙って聞いているだけなのである。しかし、その顔が実に満足げで幸福そうだったのが印象的だった。

これは推測なのだが、息子の専務が、自分の知らないような外部の人間との関係をいつの間にか築き、一緒になって会社の将来を議論しあっている。その姿に満足感を覚え、これで大丈夫だという安心感や、あとは任せたから俺はもう口出ししないという信頼感や、そしてこれで事業が継承できるという幸福感にひたっているような微笑みだった。これらが入り混じった何とも表現しようのない素敵な笑顔だったのである。

もちろん、後継者育成や事業継承には様ざまな形がある。どのような形であれ、是非を論じるような性格のものではない。ケース・バイ・ケースでそれぞれのスタイルがあって良いのである。しかし、社長の座を後継者に譲った者が、企業にとって最悪のステークホルダーになってしまってはいけない。