組織と仕組みとルール作りができる社長とできない社長①

社長を譲られる人より譲る人の方が勉強が必要


事業継承は企業にとって重要な課題である。いま社長の地位にいる者のやるべき仕事は、業績を伸ばして利益を上げることはもちろんだが、自分の次の社長を育てることも、同じように重要な仕事であり責任でもある。

ところが、経営者を対象にした業績を伸ばすための研修などはたくさんあるのに、後継者にバトンタッチするための研修などはない。もちろん、相続に関するような研修はあるのだが、どのように後継者に経営を譲るべきかというセミナーなどはないのである。

それに対して経営を継承する側、すなわち2世や3世を対象にした研修はたくさんある。いずれ経営を引き継ぐための準備である。

後継者を育成する研修はあるのに、なぜ、経営を引き渡す側の研修はないのだろうか。実は、経営を引き継ぐ側よりも、譲る側の方が勉強をしなければならないのだ。

それは、「経営における足し算と引き算」のところで書いたように、事業を引き継ぐ側はリストラクチャーが必要である。引き算と足し算の両方である。

この中で、とくに引き算が難しい。そこで、事業を引き渡す側が、できるだけ後継者にその苦労をさせないような体制を自分の責任において整えてから譲ることがスムースな事業継承のためには重要になってくる。引き算ということでいえば、人事であったり、不採算部門をどのようにするかといった対策だったり、である。

ところが、このことが認識できている経営者は少ない。自分がここまで企業を大きくして譲るのだから、後継社長は自分が経験した苦労よりも楽であろう、といった楽観的な考えの経営者が少なくない。このような認識の経営者は、とくに創業者の中小企業のオーナー経営者に多くみられる。

後継者ができるだけ引き算をしなくても良いような体制を整えるには、自分自身のこれまでの経営を客観的に総括できなければいけない。長所と短所の両方を含めてである。同時に、将来の社会・経済構造と市場の変化や、自分たちの業界の動向を分析・予測し、その上で自社の方向性を見据えることが不可欠になる。

後継者と同じように、経営を譲る側も勉強しなければならない、というのは以上のような理由からだ。とりわけ創業者のオーナー経営者の場合には重要である。

それは、創業者のオーナー経営者は、形式的には別として、実質的には組織も仕組みもルールもなしで経営ができてきたからだ。肩書きは役員や管理職、責任者であっても、実質的には社長以下は全員がフラットな関係になっているような会社は決して少なくない。いわゆるワンマン経営なのだが、逆に、それであるがゆえに意思決定が早く、多額の投資なども可能で、経営判断のミスも比較的少ない、といったケースがあることも事実だ。

このような経営が可能なのは、創業経営者の場合、会社の発展過程の総てに関わっており、会社のことが隅から隅までほとんど頭の中にインプットされているからである。だから、「…の件はどのようにしましょうか」と問われても、「それは、このようにしておけ」と即座に判断して指示することができる。しかもその判断が大きく間違うことが比較的少ないのである。

だから、創業者のオーナー経営者の場合には、形の上ではともかく、実質的には組織も仕組みもルールもなしで経営ができた。

ところが後継者は、オーナーの子息であろうと、あるいは優秀な社員(外部から人材の招請も含めて)であろうと、そのままの形で会社を引き継いだのでは経営することができない。創業者のオーナー経営者のようには行かないのである。したがって、経営を譲る側は、後継者が経営しやすいような条件をキチンと整えてから渡すべきである。それが社長の果たすべき大きな責任であり役割の一つなのだ。