「適正運賃」か「適正な運賃」か


国土交通省は「トラック運送業の適正運賃・料金検討会」を設置して運賃や料金についての検討を始めた。これは「トラック輸送における取引環境・労働時間改善中央協議会」の下にワーキンググループ(WG)として設置したもの。

運賃と料金は分けて検討していくべきだろうと思う。まず料金については、運送業務に付帯する「サービス」、あるいは運送業務の一環として契約金額に包括されている、などといった解釈(理屈)によって無償で行われているケースが多い。ほとんどタダ働きである。したがって料金については個々の作業についてコストを算出し、適正な料金を設定するようにすべきだ。同時に、適正な料金が収受できるような取引環境をつくることも重要である。

運賃は論理が少し複雑だ。適正な運賃を収受することは当然だが、適正な運賃は事業者によって異なる。たとえば、同じ事業者でも2t車と4t車では運賃が違うように、車両の大きさや車種の違い、積合せか貸切かなど輸送形態によっても適正な運賃は異なる。したがって業界全体に当てはまるスタンダードはない。

そもそもの誤解の根源は「適正運賃」という表現にある。「適正運賃」というと、あたかも業界スタンダードがあるかのような錯覚が生じる。「適正な運賃」と表現すべきで、適正な運賃を収受するにはどうするか、と考えるべきなのだ。そのためには各社が自社にとっての「適正な運賃」を算出する方法(原価計算)を示す。同時に、適正な運賃の収受を阻害している要因は何かを抽出し、分析・整理すること。そして事業法だけではなく独禁法などの関連法令に則って適正な運賃が収受できるような環境を整えることである。

「最低運賃」や「標準運賃」を求める意見も業界の一部にある。だが、現在の貨物自動車運送事業法には「運賃」条項がない。トラック運賃は法的に完全な自由運賃である。

多くの人が誤解(錯覚)しているのは「事後届出」である。運賃制度は「認可運賃」から物流2法で「事前届出運賃」になった。その後、2003年の事業法見直しで、事業区域規制の廃止とともに運賃制度はなくなった。だが、「事後届出運賃」になったかのような誤解がある。この錯覚の源は、運賃を事後に届け出るようにという2003年に出された通達だ。また、その前年の2002年3月の閣議決定では、運賃制度を事前届出から事後届出にするかのような記述がみられるのも事実である(それでも運賃・料金の掲示義務は原則廃止とされている)。

しかし、これは運賃制度としての「事後届出」ではない。事業法に第何条(運賃)という条項があって、その中で「運賃については別途何々によって定めるものとする…」と記されていれば、事後に届け出なさいという通達は運賃制度となる。だが、事業法に運賃条項がない以上、事後届出は運賃制度ではない。

では運賃の「事後届出」という通達の法的根拠をどこに求めるのか? それは事業法第60条(報告の徴収及び立入検査)であろう。第60条には「国土交通大臣は、この法律の施行に必要な限度において、国土交通省令で定めるところにより、貨物自動車運送事業者に対し、その事業に関し、報告をさせることができる」となっている。そこを根拠にしなければ法的体系性(整合性)がなくなってしまう。

では次に「この法律の施行に必要な限度において」とは何か? これは第25条(公衆の利便を阻害する行為の禁止等)と第26条(事業改善の命令)であろう。

第25条の公衆の利便を阻害する行為の禁止等では、事業者は荷主に対して不当な運送条件を求めたり、公衆の利便を阻害する行為を禁止している。また、自分たち運送事業者の健全な発達を阻害するような結果を招く競争を禁じている。特定の荷主に対する不当な差別的取り扱いも同様で、これらに該当するような行為があれば、国交大臣は事業者に対して、当該行為の停止や変更を命じることができる。

第26条の事業改善命令では、事業者の適正かつ合理的な運営を確保する必要が認められれば、事業者に対して事業計画の変更、運送約款の変更、輸送施設に対する改善措置、運賃や料金の変更などを命じることができる、としている。

これら事業改善命令などの措置を執るべきかどうかを判断する材料にするため、事後的に運賃を届け出ておきなさい、というのが「運賃事後届出」の通達なのである。

もう1点、法律上で問題になるのが事業法第63条(標準運賃及び標準料金)との関わりである。第63条では、国交大臣は特定の地域において需給の不均衡や経済事情の変動で、運賃や料金が著しく高騰あるいは下落する恐れがある場合、公衆の利便または事業者の健全な運営を確保するために必要と認めるときには、地域を指定し期間を定めて標準運賃や標準料金を定めることができる、としている。法律の文面を素直に読めばわかる通り、運賃や料金が著しく変動するような状況の中で、地域と期間を限定して定めるもので、いわば緊急事態への対処である。したがって恒常的な制度としての運賃や料金ではない。

このように「最低運賃」や「標準運賃」を設定する事業法上の根拠はどこにもないことになる。したがって、労働環境の改善などには事業者が原資を確保しなければならず、そのためには「最低運賃」や「標準運賃」などの運賃制度の導入が必要だということであれば、まず先に現行の事業法を改正しなければならないことになる。それを検討すること自体は何ら構わないが、そうなると協議会やWGで検討すべき範疇を超えてしまう。事業法の見直しは、国交省がそのための委員会などを設置して取り組むべき事案だからである。

話がややこしいので、最後に簡単に整理すると以下のようになる。

  1. 適正な運賃の収受は当然である。厚労省や荷主もその必要性を認めている。
  2. 適正な運賃は各社によって違うことを認識する必要がある。また、各社が自社の適正な運賃を算出できるような原価計算の方法などを示すことは必要だ。
  3. さらに適正な運賃の収受を阻害している要因を分析し、関係法令に則って適正な運賃が収受できるような環境を整え、取引条件や労働条件の改善を推進する。
  4. 現在の事業法には運賃条項がなく、法律的には完全な自由運賃である。したがって「最低運賃」や「標準運賃」を運賃制度として設けるには事業法改正が必要になる。
  5. 事業法の改正になると協議会やWGとは全く関係ないので、国交省が別途、委員会などを設置して検討すべき事柄である。