優れた社長は社長という役を演じ切っている③

本心とは違う言動を求められる時もある


経営者の大きな悩みの一つが、自分の本心とは違う立場を貫かなければならない、といったシチュエーションに直面することである。一人の人間としての考え方や良心、心情とは別に、組織のトップという立場上の発言や姿勢、行動を採らなければならないような事態に遭遇することがある。このような時、内心の葛藤はどれほどのものか。他者には決して計り知れない。

しかし、優れた経営者は、自分の本心とは異なる言動をしなければならない場面でも、逃げることはしない。たとえそれが個人的な信条や心情とは違った立場を貫かなければならないような嫌な場面であっても、経営者は逃げることなく自分が矢面に立たなければならないのである。

端的にいえば、従業員の労働条件を改悪しなければならないような場合だ。まともな経営者ならおそらく誰でも、従業員の労働条件を改善したいと思っていることであろう。また、会社の業績を上げ、従業員の待遇を良くし、株主への配当も増やすことが経営者の仕事である。

しかし、企業経営がいつも順風満帆とは限らない。業績が良い時もあれば、厳しい局面に立たされることもある。場合によっては企業を存続させるために、緊急避難的な措置が不可避な場面もある。そのような時、心ならずも賃金カットをせざるを得ないようなこともあるだろう。

まともな経営者なら、個人の心情としては賃金カットなどしたくないはずだ。ギリギリまで、賃金カットをしないで何とか経営を立て直せないか、と努力するはずである。しかし、会社を存続するためには、そうせざるを得ないとなった時、経営者は決して逃げてはいけない。かりに従業員から罵声を浴びせられても、たとえどんな屈辱的な思いをしても、逃げることは許されないのだ。

ある中小企業の経営者のケースである。以前のことになるが、ある時、中間管理職の賃金カットを余儀なくされた。一般従業員はなんとか現状維持を貫いたが、中間管理職を集めた会議で賃金カットを受け入れてくれるように説明し、納得してもらえるように説得した。

この時、その社長は、だが自分は給料を下げない、と堂々と宣言したという。そして、なぜ社長の自分は役員報酬をカットしないのかも説明した。

自分たちのような中小企業では、金融機関からの融資に際して、社長の個人資産も担保に入れている。そのようにして融資枠を確保して資金調達をしなければならない。融資を申し込む時には決算書なども金融機関に提出する。社長の役員報酬を下げては、与信などの評価にも影響しかねない。だから、自分の役員報酬はカットしないことにする、と管理職には説明したという話をきいた。

このケースが良いのか悪いのか、一概には言えない。できれば中間管理職の賃金をカットしなくても良いような経営が、一番良いということになるだろう。したがって、先のケースの是非を述べるつもりはない。ここでは賃金カットに限らず、経営トップは逃げ出したくなるような様ざまな嫌なことから、決して逃げてはいけないということを強調するために紹介したのである。