企業の勝ち残りを考える


今月の当欄には何を書こうかと考えている時に、日本生命保険が三井生命保険を買収する方向で最終調整に入ったと報じられた。

日本生命は2015年3月期のグループ総資産が62兆円以上で、2位の第一生命保険の49兆円超を大幅に上回る。しかし、一般企業の売り上げに相当する保険料収入では、15年3月期に戦後初めて、第一生命に首位の座を奪われた。第一生命が5兆4327億円に対して、日本生命は5兆3371億円である。そこで、保険料収入が5451億円で業界第8位の三井生命を買収すれば、単純合計で保険料収入が5兆8822億円となり、首位を奪還できる。

報道によれば、両社は9月中の正式合意を目指す。日本生命は三井生命に対してTOB(株式公開買い付け)を行い、全株式を取得する方向という。三井生命の大株主の三井住友銀行や三井住友信託銀行などはTOBに応じる考えのようだ。

このような大型合併や買収、経営統合などは今後、様ざまな業界で起きてくるものと思われる。たとえば7月30日には石油元売りの出光興産と昭和シェル石油が「対等」での経営統合を目指すと発表した。

石油元売り業界の大手企業はJX日鉱日石エネルギー(JXホールディングス)、出光興産、コスモ石油、東燃ゼネラル石油グループ、昭和シェル石油などである。現在は国内売り上げトップのJXがダントツの市場占有率をもつが、2位の出光が5位の昭和シェルと経営統合すると、最大手のJXの売り上げ規模に近づくことができる。だが、石油元売り業界の再編成はこれにとどまらず、今後も続くといわれている。

生保業界にしろ石油元売り業界にしろ、これら大企業の経営統合や合併、企業買収などの業界再編成の背景には、国内市場の縮小がある。

たとえば先の生保業界などは、人口減少が直接的に企業戦略に関わってくる。総務省が6月に発表した「住民基本台帳に基づく人口動態調査」によれば、2014年(暦年)の1年間で、日本国内に在住する日本人は27万1,058人減少した。日本在住の外国人は増加したが、外国人を合わせても約21万人の減少である。総務省の人口調査は住民基本台帳をベースにしており、出生・死亡をベースにしている厚生労働省の人口推計とは若干異なる(毎年、厚労省の方が人口減少数が少なめになっている)。しかし、どちらの資料でもこの間、年間に20数万人ずつ減少していることに変わりはない。

総務省の同調査によると、47都道府県の中で1番人口の少ない鳥取県の今年1月1日の人口は58万3351人である。もし、毎年27万人ずつ減少していくとすると、ほぼ2年2カ月で鳥取県の全人口に匹敵する日本人が減少することになる。国内市場の縮小のペースがいかに大きいかがここからも分かる。

生命保険会社などは、このような日本社会の変化がそのまま影響してくる。そのような中で、いかに勝ち残っていくかという企業戦略が不可欠だ。日本生命による三井生命のTOBもそのような流れの中でみると分かりやすい。

だが、日本生命による三井生命のTOBの背景は、単に人口減少=国内市場の縮小だけではないようだ。両社の保険料収入を単純に合計すると15年3月期に1位になった第一生命を超えて首位を奪還できると先述した。しかし、かんぽ生命保険が同じ土俵で相撲を取るようになると、そうはいかない。

かんぽの総資産は85兆円弱で年間の保険料収入などは約6兆円になる。つまり、かんぽが「新規参入」すると、その瞬間からあっさり首位に立ってしまう。全国の郵便局も圧倒的なインフラとして機能するし、さらに、政府というアドバンテージを背負っての競争参加である。

日本生命はニッセイレディーと呼ばれる女性セールスが大きな営業力だった。しかし、近年はプライバシーや防犯などの関係で、昔のような訪問セールスがしにくくなってきたといわれる。それに対して「郵便」という看板は強い。これは宅配便などにも共通するが、とくに地方では郵便(日本郵政)に対する信用は絶大である。

さらに今後は、縮小する国内市場の中で国際競争も激化する。TPPでは関税に焦点が当てられて、関心のほとんどが関税撤廃に向いているが、日本経済や日本社会への影響という点では、おそらく非関税障壁の撤廃の方が大きいのではないかと思われる。日本生命の三井生命に対するTOBの背景という点では、アメリカの大手保険会社の日本への参入に対応するという面も見逃せない。

このようにみてくると、国内市場が縮小する中での規制緩和(かんぽの民営化など)、経済のグローバル化(アメリカの保険会社の参入)など、日本生命による三井生命の買収は、新自由主義の中でいかに競争に勝ち残っていくかというモデルケース的な企業戦略ととらえることもできる。

さて、人口減少と同時進行しているのが高齢化と人口偏在だ。この点も見逃すわけにはいかない。総務省の同資料で高齢化をみると今年1月1日の老年人口(65歳以上)は3268万人で、年少人口(15歳未満)が1631万人である。近年は老年人口が年少人口を上回る形で推移してきた。少子高齢化といわれて久しいので、それ自体は驚かないが、昨年は初めて老年人口が年少人口の2倍を超えた。人口推計や人口予測は各種の公的データの中でも一番正確といわれているが、ここからも高齢化の進行が分かる。

さらに、人口減少、高齢化と同時に進行しているのが人口の偏在化である。首都圏への人口集中はいうまでもない。総務省の同資料によると、東京圏(埼玉・千葉・東京・神奈川)の人口は2014年に0.27%増加した。名古屋圏(岐阜・愛知・三重)の人口は2014年に0.10%の減少である。関西圏(京都・大阪・兵庫・奈良)でも2014年に0.23%減少している。

都道府県別にみると、2014年の1年間に人口が増加したのは1都5県で、そのうち東京圏の1都3県はいずれも増加している。残りの2県は愛知県(0.15%増加)と沖縄県(0.39%増加)である。名古屋圏としてみると減少しているが、そのうちの愛知県だけをみると増加している。当リポートではこれまでも再三再四「1.5局集中」とか「1.5局化」という表現をしてきたが、今後さらに経済その他の様ざまな機能が首都圏と名古屋を中心としたエリアに集中してくるものと思われる。

当リポートの先月号でも、宅配便事業者は全国一律の集荷・配送システムではなく、今後は大都市圏と地方では異なるダブル・スタンダードの仕組みが必要になると書いたのも、このような日本社会の変化があるからだ。

話を元に戻して、石油元売り業界の再編成の背景をみよう。経済産業省が今年4月に発表した「平成27~31年度石油製品需要見通し(燃料油全体)」によると、今年度(2015年度)は燃料油全体(電力用C重油を除くA・B・C重油、軽油、灯油、ジェット燃料、ナフサ、ガソリン)で1億7331億klで、前年度比0.9%増加の見通しである。しかし、以後は減少が続くという予測で2014年度~2019年度の5年間で見ると、年平均1.4%の減少、全体で6.8%の減少見通しとなっている。いずれにしても出光と昭和シェルの経営統合の背景には、このような国内市場の縮小があることは事実だ。このような背景を踏まえて、石油元売り業界での合従連衡がさらに進むものと思われる。

それはともかく、経産省の石油製品需要見通しの中で、トラック輸送に関わりのある軽油をみると、2014年度の3355.0億klに対して2015年度は3378.0億klと6.9%の増加になっているが、その後は年ねん僅かずつ減少し、2019年度は3353.2億kl。2014年度~2019年度の5年間で見ると、ほぼ横ばい(微減)という見通しになっている。

トラックも年ねん省燃費のエンジンになっているとはいえ、消費量はほぼ横ばいという予測である。このような軽油の需要見通しと国内貨物輸送需要を運送事業者としてどのように受け止めるか。その中で自社の勝ち残り戦略は、といったことが重要になる。

トラック運送業界での業界再編成や企業戦略はどうか?

日本生命による三井生命のTOBでは、生保各社の生命保険という商品に大きな違いはない。もちろん、詳細には商品の差別化が図られているとしても、ベーシックな部分では、どの生保会社の商品にも決定的な違いは見られない。日本生命と三井生命でみると、日本生命が「訪問販売」に強く、三井生命は「店頭販売」に特徴があるという、販売方法に違いはあるが、商品自体には大きな違いはない。

石油元売りについても同様である。例えばガソリンをみると、乗用車でどこかに出かけた時に燃料メーターで残量がほとんどなくなったので燃料を補給する場合、普通は最初に見つけたガソリンスタンドに入るだろう。残量に多少の余裕があれば、価格を比較して安そうなガソリンスタンドに入る。燃料タンクに残っているガソリンがA元売りのガソリンだからといって、次に補給するのもA元売りのガソリンでなければないけない、というわけではない。どの元売りのガソリンであれ成分は同じなので、よほどこだわりのある人でない限り、特定の元売りのガソリンしか入れないということはない。つまり、商品の差別化ができないので、競争は価格と、スタンドにおける付帯サービスだけとなる。

それに対してトラック運送業は異なる。荷主によって仕事の仕方が違う。あるいは、事業者の独自サービスでも、特定の荷主ニーズに対応したサービスとなる。

そのようなことからすると、トラック運送事業者の合従連衡は定量的な分析だけで判断することはできない。定性的な面からの分析も重要なのである。

また、生保業界にしても石油元売りにしても、市場が寡占化されている。そのような中での合従連衡である。いずれも商品の差別化が難しい業界なので、寡占化が進んできたという見方もできる。それゆえに定量的な、つまりスケールメリットによる競争力強化という戦略が立てやすい。

それに対してトラック運送業界は定量的な判断だけではなく定性的な面も重要だ。したがって、宅配便や路線便、あるいは特定の取り扱い荷物という限定的な市場以外には、寡占化が進みにくいという特性がある。

寡占化が進んでいないということは、市場占有率が小さい事業者が多いことを意味し、寡占企業よりも市場縮小の影響が小さいというのも特徴の一つだ。ここに市場縮小に対する危機感が業界全体としては希薄な一因がある。

だが、一部のサービス市場を除くと寡占化が進んでいないということは、逆にいえば、そのような市場だからこそ中小事業者も勝ち残れる可能性があることを意味している。

国内市場が全体として縮小してくる影響は避けられない。そのような中で中小事業者でも自社の特徴を活かすような戦略はある。たとえば高齢化と人口の偏在という社会の変化でみると、過疎地域でのガソリンスタンドの廃業などがある。地域にガソリンスタンドがなくなると、地域住民の生活の維持にも関わってくるので、自治体としても大きな問題になっている。そのような一見「不利」な地域の運送事業者はガソリンスタンドの経営に乗り出せばよい。軽油のインタンクだけではなくガソリン販売、さらに高齢化した世帯への灯油の宅配などである。宅配はまさに物流であり本職のはずだ。これは生活必需品の消費財の買い物代行や、さらに自治体から補助金を得るようにして宅配時の安否確認など日本社会の変化に対応した、広義の運送事業の展開も可能にする。企業の勝ち残りを考えるとは、そのような発想の展開を意味している。