いくつかの「ストロー現象」

M Report 2015年4月号から


北陸新幹線が開通した。北陸新幹線の実現を望んでいた人たちからすると、計画から約半世紀の悲願達成といえる。

開通初日のテレビ・ニュースを観ていたら、新たに延伸した各地では華やかなセレモニーが行われたようだ。多数の観光客の姿も放映されていた。そこで開通して間もなくは混んでいるだろうと思っていたのだが、実際はそうでもないようだ。3月19、20の両日に福井市から能美市と周った。開通間際の新幹線を避けて、羽田~小松を飛行機にしたのだが、すでに新幹線で東京に出張したという地元の経営者に聞くと「平日の新幹線は空いているよ」との話だった。

平日の新幹線が比較的空いているのは、観光客を除けば、新幹線開通を機にビジネス客が一気に増えるわけではない、といったこともあるだろう。また、在来線の特急よりも新幹線の方が運行便数が多く、しかも在来特急より連結車両数も多いからだ、という説もある。つまり首都圏から金沢までの輸送キャパシティが増えたことも一因のようだ。

しかし、4月から5月にかけての大型連休や夏休みなどは、観光客や帰省客などで賑わうことだろう。また、通年でも観光客が飛躍的に増えるものと思われる。新幹線が延伸した沿線の主要都市や観光地などは、訪問客の増加を期待するし、また実際に増えてもらわなければ困る、という思いであろう。

ところで、過去の経験からすると観光客で潤うのは1、2年ではないだろうか。せっかくの開通ムードに水をさすわけではないが、旅行代理店の企画ツアーが永遠に続くことはない。ブームはいずれ去るのである。その後は、観光地としてのポテンシャルがどれだけあるか、また地元の観光客誘致の企画や取り組みなどにかかってくる。

一般的には新幹線の延伸で交通の便が良くなると、地元の若者たちなどの中央指向が強まる。少しムリをすれば日帰りで買物や遊びに首都圏に来ることができる。観光客などが多い間は目立たないが、ブームが去ると買物などで首都圏に吸引される地元の人たちの多さがハッキリわかるようになる。

また、交通の便が不便な間は、北陸に支店や営業所などをおいていた企業が事業所を閉鎖し、首都圏の支店や営業所から日帰り出張するようになってくる。日帰りではムリな仕事の場合でも何泊かの宿泊出張にした方がコストは安い。

これらは、いわゆるストロー現象である。移動は便利になっても、それによって逆に経済が衰退することもあり得るのだ。これは従来の経験からも分かることである。北陸新幹線の金沢までの開通も、いずれ同様の現象が起きないとは限らない。

ここまでは経験則から想定されるパターンだが、金沢までの北陸新幹線の延伸はもう1つ別の、従来にはなかった新たなストロー現象を惹起することが考えられる。それは、関西経済圏への影響である。

北陸は首都圏、中部圏、関西圏に対して、距離的には地理的な直線距離で中部圏に近く、インフラ条件などを含む社会的距離としては関西圏に近かった。経済圏としては関西経済圏であった。だが、新幹線が金沢から関西まで延長されるまでには、かなり期間が長いことを前提にすると、北陸新幹線の金沢までの延伸によって北陸は首都経済圏に組み込まれて固定化してしまうことが予想される。

つまり、従来は関西経済圏であった一部のエリアが、首都圏に吸い取られてしまうということになる。このような、もう1つのストロー現象が起きる可能性が高い。つまり、関西圏からすると、昔からの「縄張り」が首都圏に奪われてしまうことになる。これは、これまで経験したことのない新たなストロー現象である。

また、最近は全く別のストロー現象が顕著になってきたことを強く感じるようになってきた。大手企業は4月から賃上げを行う。労使交渉の結果として、近年にない大幅なベースアップや賃上げのニュースが、3月中旬から新聞、テレビなどで伝えられている。下請けが多層構造になっている、いわゆるすそ野の広いメーカーなどでは、頂点に立つ企業は大幅な賃上げを行っている。一般には下請け、孫請け、曾孫請け‥‥と多層構造の下に行くほど賃上げの額も少なくなる。ベースの賃金水準が下に行くほど低いのに、アップ額も下に行くほど低ければ格差拡大がますます進む。

これは物流業界でも同様である。元請け、下請け、孫請け、曾孫請けと一般には労働条件が段だんに劣る構造である。なぜ元請けは下請けを使うかといえば、その方が安いからだ。下請けが孫請けを使う理由も同じである。

同じ仕事をしても多層構造の下にいくほどコストが安いということは、主に賃金が安いということである。

このように観ていくと、孫請けは曾孫請けから、下請けは孫請けから、元請けは下請けからと、労働の成果を吸い上げていることになる。これもストロー現象である。だが、ストロー現象で吸い上げられてしまうのは労働の結果生み出される付加価値だけではない。

先般、ある企業城下町の中小事業者と話す機会があった。その地域では運送事業者も多層構造になっている。企業城下町の「城主」が元気が良いために、運送業界では元請けも下請けも、孫請けも曾孫請けも、みんな揃ってドライバーが不足している。そこで一せいにドライバーを募集することになるが、元請けが募集すると、下請け、孫請け、曾孫請けの事業者の現役ドライバーが応募していく。それも「若くて転職に有利なドライバーほど元請け事業者が募集すると吸い上げられてしまう」と話していた。これもストロー現象である。ストロー現象とは、結局、吸引力の強い者が勝つということのようだ。