では、半歩先で話すということは、どのようなことなのだろうか。
半歩先で話すとは、話の半歩分は相手にとって既知の事実を話し、もう半歩分は相手が知らないであろう今後のことを話すということである。総て1歩先の内容を話したのでは、“雲の上の話”や“理想論”と受け止められてしまう。
そこで、半分は社員が誰でも知っている具体的で現実的な話をしながら、経営者が頭の中では描いているが、社員がまだ知らない将来の方向性、方針や計画などのもう半分を話すのである。
すると、なぜそうしなければならないのかを具体的に理解させることができる。現在の延長線上に、今後の展開が結び付いてくるからである。
当面は半歩先の計画で進んでも良いのなら、それでもかまわない。その先の内容まで含めて取り組まなければならないのなら1歩先のことも話して理解させなければならない。だが、半歩先のことを社員が理解できるようになっていれば、さらにその先の半歩分を話しても分かることになる。
1歩先を知って半歩先で語るということは、実は文章を書く場合でも重要なのである。1歩先のことを書いた本は売れないからだ(学者の研究書は別だが)。講演も同様で、どんなに優れた話であり、またそれが正しかったとしても、聞いている人にとって“雲の上の話”であっては居眠りが多くなる。
半歩だけは読者や聴衆が知っていることを書いたり話したりすれば、この人は現実を良く知っている、と受け止めてもらえる。すると読者や聴衆が知らない半歩先のことについても、現状を良く知っている人が言っているのだから本当のことに違いない、と受け止めてもらえるのである。
これは営業にも共通する。商品を売る営業なら具体的な物があるので、その性能や特徴などを詳しく説明すれば良い。しかし、ペーパー上の構想しかない提案営業などでは、半歩先で説明することが重要である。
たとえば現状の物流システムなどを抜本的に変える場合には、相手は慎重になる。提案を受け入れて現状とは違った物流システムにするということは、リスクが伴うことになるからだ。リスクを最小にして新しい効率的な作業システムにシフトしたいと思うのは当然である。
したがって、その提案が非常に優れた内容であったとしても、現状の仕組みから飛躍的にかけ離れた物流システムであっては、顧客にはシステムが良く理解できないということだけではなく、現在のシステムから切り替えることのリスクの大きさを推し量ってしまうのである。
提案内容が、現状の延長にあることを理解させ、現状よりも優れた仕組みであることを認識させるには、半歩先で提案し、半歩先で説明しなければいけない。そうしないと、相手には理解できないのである。
ところが、相手が誰であろうと、また相手が理解できているかどうかはお構いなしに、1歩先の話を得々と続ける人をしばしば見受ける。このようなケースは、一般的に技術系の人のプレゼンに多い。自分で開発あるいは考えたシステムに酔いしれてしまっている、といった構図である。
小学生を相手に高等数学を論じても天才的な子供でもない限り理解できない。それでも、先生はすごいだろうと自慢しているようなものである。このような人は、技術者としては別であろうが、少なくとも営業には向かない。経営者も同様である。
最近は取引先を選定する方法としてコンペが増えてきた。
コンペの結果が出た後で、コンペに参加した各社それぞれの提案内容などを教えてもらうこともあるが、必ずしも一番進んだ内容を提案した企業がコンペで勝つとは限らない。提案内容のレベルでは劣っている企業に仕事が決まるケースもある。
もちろん、コンペでも企画内容だけで決まるわけではない。提案された企画以外にも様ざまな要素がからんでくる。コンペとはいっても発注先が最初から内定している「出来レース」もある。このような場合、コンペは委託先決定の公平性をカモフラージュするためだけのアリバイつくりである。しかも優れた提案内容を無料でいただき、最初から決まっていた委託先にそれをやらせる、といったケースすらある。
ともかく、もっともレベルの高い企画が選ばれるとは限らないのである。
このように営業でも、いきなり1歩先の内容をプレゼンするのではなく、相手のレベルに応じて、半歩は相手にとって既知の現状から入る。そして次に、本来プレゼンする内容について半歩先の説明をする。
そして仕事を受託できるようにし、実績を重ねた上で、相手が理解できるようになり、信頼も得られるようになってから、もう半歩先(つまり1歩先)の提案をするようにしなければ営業成果は得られないのである。
経営者に話を戻せば、顧客やライバル企業の経営者、そして自社の社員よりも1歩先のことを知っていなければならない。しかし、顧客や社員に話すときには半歩先の内容で話をするということが重要である。
経営者は常に1歩先を知るように努力すること。しかし、社員に話すときには半歩先の内容で語ることができるようにならなければいけない。