実はこの会社の現場(当該荷主の現場)は作業のシステムに問題があり、作業効率が非常に悪かった。しかし、取引先に迷惑をかけるわけにはいかない。そこで現場の従業員の人たちは長時間労働で効率の悪さをカバーし、結果的には何の問題やトラブルもないような結果になっていたのである。
ところが社長には作業上の問題点についての報告がなかった。そのため、結果だけから判断すれば何の問題もなく、順調であると信じていたのである。
私が話した予想が「ほとんど当たっています」という現場責任者の答えは、経営者にとって青天の霹靂であった。実はこの現場責任者は、子息の後継者候補だったのである。その現場責任者が当方の話を基本的に肯定したのだから、社長も驚いた。
しかし、この経営者の優れているのは、急遽、システム開発関係者を集めて会議を開く必要がある、と即座に判断したことである。途中まで開発が進められていたソフトを再検討するためである。
なぜ、このようなことが起きるのか。それにはいくつかの理由がある。
まず、都合の良い情報しか社長には入っていなかった、という点である。都合の悪い情報は社長の耳には入らない。もちろん悪い情報を上げない部下にも責任はあるが、経営者自身にも問題がないとは言えない。オーナーでワンマンな経営者は、都合の悪い情報を聞くことを嫌う傾向にあるからだ。しかも、本人は自分に限ってはそのようなことはない、とたいていは思い込んでいるので始末が悪い。部下は社長の機嫌を損ねたくないので、自ずと耳触りの良い情報しか報告しなくなってしまうのである。
もう一つ、このケースでは外部の取り巻きにも問題がある。たとえば、この企業には長年にわたって経営指導しているという経営コンサルタントがいた。このコンサルタントもシステム開発のメンバーである。
そしてソフト会社の担当者たちも問題である。ソフトを開発するに当たって、社長は自身の主観的な思い込みも含めて、このようなシステムを開発して導入したいと、理想的なシステムの全体構想と希望を述べる。するとそこから先の検討は、たとえそれが現場の実態とはかけ離れていても、社長が構想しているようなシステムをいかに組むかという線に沿って検討が進行してしまう。社長が構想しているようなシステム自体が、現場の実態にマッチしているかどうかという根本的な議論はなされないのである。
なぜなら、社長が頭の中に描いている仕組みが現実の現場の実態とはかけ離れている、といった意見を述べる人間がいないからだ。現場の担当者も、経営コンサルタントも、ソフト会社の担当者も、社長が頭の中だけで考えた構想に沿って、ソフトをいかに開発するかという前提で話を進める。そのソフトを組むためにクリアすべき技術上の問題点などに関する意見しか述べないのである。
このようにして、社長は自分の考えている構想がベストであると思い込むようになっていく。「裸の王様」は物語の世界ではなく、日常の自分自身かもしれないのだ。
その結果、完成したソフトを導入しても使用できない。もちろん、コンピュータをはじめどのようなシステムでも、導入後に試用期間を設けて手直しをし、その後に実用化するのは普通のことだ。しかし、それも修正の程度が問題である。
なぜ都合の良い話しかトップの耳に届かないのか、といった問題は別として、この企業の事例のように、経営者は「自分が一番良く知っている」という主観的な思い込みをなくすことが重要だ。
そして、一番の先生は現場であることを肝に銘じておくべきだろう。重要な経営判断をするときには、現場や営業の最前線に行って、そこから考えることが重要なのである。