耳に痛いことを言ってくれる人を信じよ④

現場のことは自分が一番知っているという思い込み


主観的な物の見方になっていることに気づかないと、大事な判断を誤ることがある。だから、経営トップは常に客観的に物事をみるように心がけなければならない。

しかし、人間は誰しも主観に陥りやすい。どんなに優れた人でも、それを避けることはできない。さらに、それを助長するのが「取り巻き」である。

ある中小運送企業のオーナー経営者の例を紹介する。この社長は創業者である。

作業管理や業務管理、経営管理などの効率化を図るために、コンピュータ・システムを開発して導入する計画を進めていた。そのため外部からソフト会社の担当者や経営コンサルタントなども参画し、システム開発を進めていたのである。

ソフト開発がかなり進んだ時点で、システムの内容について取材したら、どうも現場の実態とはかけ離れた仕組みになっているように感じた。そこで、おそらくそのシステムは現場の実態に合っていないでしょうと率直な疑問をぶつけた。

すでにかなりの段階までシステム開発が進行していた。しかし、そのシステムでは現場の実態に合わないのではないかと直感したのである。そこで、そのソフトでは完成してもあまり役には立たないのではないかと言ったのである。

すると、その社長は「そんなことはない」と憮然とした表情で強く否定した。社長としては当然だろうと思う。

そこで、現場の実態についての議論になった。創業者でオーナー経営者である社長は誰もがそうであるように、自分の会社の現場のことは、自分が誰よりも一番良く知っている、という揺るぎない確信がある。そもそも現場を見てもいない初対面の取材者に何が分かるか、という感情が正直に表れている。

たしかに私は、その会社の現場を見ていない。しかし、この会社と同じ業種の別の取引先の仕事をしている同業他社を以前に取材していた。そして、現場の作業上でどのような問題点があるかなども分かっている。

過去に取材経験のある事業者と作業環境や諸条件が同じであることを前提にすると、途中まで開発が進んでいるソフトでは、現場の実態には合わず効率化のツールとして役立にたたないはずなのである。

そこで、たしかに自分は現場を見ていない。だが、おそらく現場の実態はこのようではないかと想像できる、と説明した。そして取引先とも話し合いながら、まず作業の仕組みを合理的な流れに変えて現状の問題点を解決する。次に、その仕組みに沿ったシステムのソフトを組むことで管理の効率化を図ることが必要ではないか、と説明した。

だが、どんなに話してもダメである。その社長は、「自分が現場を一番知っている。現場に作業上の問題点はない。その証拠に、取引先には迷惑もかけず、何のトラブルも発生していない。だから業務は上手くいっている」と主張して譲らなかった。

当方から言わせれば、取引先に迷惑をかけず何のトラブルもないのは、現場で作業している人たちが人海戦術で支えているからに過ぎないのだ。社長はそのような現場の実態が分かっていない。

議論は平行線をたどったが、そのうち社長が、「本当にそうなのか」と取材に同席するように言われてその場にいた現場の責任者に質した。すると、筆者が予想した現場の様子や実態が「ほとんど当たっています」と小さな声で答えたのである。