応募者が「物流は面白い」というが…


都内のある中小事業者は「労働力不足は感じていない」という。業界では全体的に募集しても応募者が少ないといっているが、「当社の場合は募集すれば集まる」というのだ。

同社の本社は中央区で本社は本部機能だけ。同じ区内に物流センターがあり、実際の業務は同センターを中心に行っている。従業員数が約150人規模の事業者である。最近、千葉県松戸市にもセンターを開設したので、現地でドライバーを数名募集したが必要な人数を問題なく採用できた。

けして給料が高いわけではない。「募集時の給料は4t車のドライバーで支給総額が25万円(賞与は別途)。そこから保険料などを引くので手取りはもっと少なくなる。それでもけっこう応募者があった。自分で言うのもへんだが、その給料でも良く集まると感心している」と話す。応募してきたのは、みんな20歳代の若い人たちである。

それとは別に本社では営業職を募集した。対象は4大卒の30歳代で、職種は提案営業である。募集人員は2人で、そのうち1人は提案営業のマネージャー候補、もう1人は提案営業の一般社員。募集媒体はリクナビで連続2回の掲載だった。すると1回目の募集で応募者は50人超、2回目も50人以上の応募者があり、たった2人の募集に対して、応募者は合わせて100人を超えたという。

社長が驚いたのは応募者の履歴である。「100名を超える応募者のうち約60%が東京6大学の出身。他の40%も有名大学卒が多く、みんな大手企業に勤務している」からだ。しかも失職中の応募者は少なく、ほとんどが応募時点で会社に勤務している人たちだった。

書類選考段階で約80%は不採用とし、採用候補として残したのは約20名。上場物流企業に在職中の応募者も何人かいたが、物流業界経験者は全員、書類選考段階で不採用とした。中にはチーフ的な立場で提案営業に携わっているような人もいたが、物流業界経験者は発想が枠にはまってしまっていて、創造性に欠けるからというのが不採用の理由である。他業種の人たちの方が「業界常識」に捉われず、柔軟な発想が期待できる。

同社では独自に作成した物流に関する内容の筆記試験も行った。その結果、物流業界は全くの未経験でも、「みんなそこそこの点数を取っているので優秀だと感心した」という。その後の社長面接の時に聞いたら、応募するに当たっては物流に関するビジネス書などを事前に読んだり、あるいは日頃から物流に興味や関心を持っていた人が多かった。

また、失職中ではない人がほとんどなので、面接の時に「今日はどのように時間を取って面接にきたのか」と質すと、1日休暇を取ったり、午前中だけ出勤して午後は半日欠勤にして面接にきた、といった熱心さ、真剣さだったという。

社長が面接したうちの1人は、東京6大学の1つの有名私立大学で理工系の大学院を修了し、現在は有名なIT企業に勤務している。年齢は37歳(妻帯者)で年収は1200万円だった。この事業者に転職したら現在の年収の何分の1かに収入が減ってしまう。それでも入社を希望したという。

マネージャー候補としての採用枠で面接したのだが、もし採用するとなると年収が大幅ダウンになってしまう。採用側としても生活の心配をしなければならない。それでも面接で話をしている中で、本人は「物流は面白い」し、もっと若い時に物流について知っていたら、自分の進路が変わっていただろうと話していたようだ。この応募者には、現在の仕事をもう少し続けた方が良いと説得して結果的には不採用とした。

マネージャー候補として採用したのは30歳代後半(妻帯者で子供が2人)で、司法試験合格者が多いことで有名な私立大学の法学部の出身者。様ざまな国家資格を持っていてフィナンシャルプランナーの資格もある。

採用を決めるに当たっては、社長が奥さんにも面接した。残念ながら高い給料は払えないし、これまで年収が多かった人には同社の給料で大丈夫かどうかを確認しなければならないからである。本人は「物流は面白い」ので働きたいと言っても、現実に生活できるかどうかという問題がある。あとで家庭内で揉めたりしては大変だ。

その他にも、世間一般からすると羨ましいような企業に働いている人たちが多数、中小規模の事業者の募集に応募してきた。そのような応募者の中の20人ほどに社長が直接面接し、自分が考えている物流について説明し、また応募者の物流に対する考え方も聞いた。事前に物流に関する本などを読んできた人もいるし、以前から物流の重要性を認識していた人もいた。「なんでこのような人たちが、うちみたいな小さな会社で給料が安いのに応募してくるのか不思議でしょうがない」と社長自身が思ったほどだという。

そのような中で、面接した応募者に共通するのは「物流は面白い」し「重要な仕事だ」という認識を持っていることだった(もちろん認識のレベルは様ざまだが)。

この事業者は、採用後は現場も経験させる。現場を知らなければ提案などできないからだ。机上の空論では、現場の実態と合わない。

また面白いのは、現場や会社の業務を一通り経験させたら、次に自社の経営改善案を提案させることだ。車両のオペレーションの効率化など現場の効率化はもちろん、財務内容なども含めた会社全体の経営改善案を提出させる。「自分の会社の改善案を提案できないようでは、他社の物流改善など提案できる筈がない」というのが社長の考えだからである。

このように人材確保に困っていないという中小事業者もいる。また同社の経験からすると、物流の重要性に対する認識は自分たちが思っている以上に浸透しているといっても良いだろう。

だが、自分たちが思っている以上に物流は面白い、あるいは物流は重要な仕事だ、という認識が社会的に浸透していたとしても、単純に喜んでばかりはいられない。物流は面白く重要な仕事だとしても、だから自分の会社に応募してくるということにはならないからだ。物流業界は面白く、重要な産業だという認識と、自分の会社がどうかということはイコールではない。これは、物流はいつの時代にもなくならないが、だから自分の会社は安泰なのだとは言えないのと同じである。

多くの若い人たちが物流は面白いと思っていても、企業間の競争に勝ち残らなければどうにもならない。そこで競争に勝ち残るにはどうするかが重要である。これは見方を変えると、同じように募集しても応募者が少ない事業者と、応募者が比較的多い事業者の違いにも共通するのではないだろうか。労働力が確保できる事業者と、そうでない事業者の違いがどこにあるのかも分析することが必要だ。

この違いのいくつかを列挙すると、どうも①経営者の姿勢、②業務内容、③企業イメージなどではないかと思われる。賃金や労働時間などの労働条件はここでは挙げなかったが、労働条件だけではないように感じているからだ。一般的には、どうしても賃金や労働時間の問題に目が向きがちだ(もちろんそれは重要だが)。だが、それでは中小事業者の場合、最初からムリだという宿命論になってしまう。それは同時に絶望論でもある。

逆に、宿命論、絶望論をはねのけるような気概をもって、展望を切り開くようなビジョンを熱く語れるような経営者が中小企業の魅力なのではないだろうか。

大企業で働いている人たちの多くは組織や企業ブランドにロイヤリティがある。自分の求めた職種でなくても、ともかくその会社の社員であることにロイヤリティを感じている社員が圧倒的に多い。もちろん、待遇も良いからである。

だが、先の事業者の提案営業担当者募集の事例から分かることは、大企業の社員であること自体に魅力を感じなくなった若い人たちも、まだ少数ではあるが存在するようになったことを表している。このような人たちは、待遇が下がっても(限度はあるが)、やりがいのある職業や職種を求めるようになってきた。企業規模ではなく、自分が面白いと思える職業や職種に就きたいという傾向が少しではあるが芽生えてきた、ということであろう。

しかし、そのような有能な人材を確保できるかどうかは、物流業界全体の問題ではなく、個別企業の問題である。その際に重要なのが、①経営者の姿勢、②業務内容、③企業イメージである。とくに中小事業者の場合には、経営者の姿勢が一番の要素といえる。中小企業は経営者の個性や魅力などが、社員のロイヤリティになっているからだ。

賃金をはじめ待遇では大企業に対抗できない。だが、この会社で面白い物流に将来をかけるかどうかという判断は、経営者の姿勢が決定的要素とも言える。また、経営者の姿勢が事業内容を方向づけるし、企業イメージも決定づける。

先の社長といろいろ話し合った結果、「物流は面白い」が「運送は面白くない」ということではないか、という結論に行きついた。もちろん運送が物流の基礎であることは事実なのだが、その運送というベースの上に多様なサービスを展開し、付加価値を付けていくことが、面白くなるためのカギなのではないだろうか。そして、面白い仕事をしている事業者は企業イメージも違ってくる。