最大のステークホルダーか最悪のステークホルダーか②

最良のステークホルダーこそが良い社長


会社にとって大きな障害になるのは、最大のステークホルダーが、客観的にみると最悪のステークホルダーになってしまっているようなケースだ。こうなると、後継社長がやり辛いだろうという次元の問題ではなくなってしまう。企業の危機に至ることもあり得る。

最近は経営環境が厳しいために、会社を売りたいというオーナー経営者も増えてきた。現状のままでは経営が厳しくなる一方だ。しかし、何をどのようにしたら良いかが分からない。このままではジリ貧になっていく。だから、できるだけ早く、換言すれば少しでも高く売れるうちに会社を譲渡してしまいたい、というわけである。

だが、このような企業を買収する会社はない。昔は救済的な意味合いの企業買収もあった(とはいっても何らかのメリットがなければ譲受する会社はないだろうが)。しかし現在は、買収効果が望めないような企業を買うという会社はない。

もっとも自社の狙いに合うような企業なら積極的に買収したいという会社は増えているのである。多くの産業分野で、今後、国内市場は縮小していく。そこで、海外市場への進出を図りながら、一方では国内市場でのシェアを高める方策の一つとしてM&Aを積極的に展開していく、という会社が増えているからだ。

それでも、このままではジリ貧になってしまうが、何をどのようにすれば良いかが分からないから売りたい、というような企業を買収する会社などはない。企業買収は救済のためではなく、買う方も売る方も高度な戦略性をもった企業行動なのである。

ある大手企業に会社を買ってもらいたい、という話が入ってきた。国内市場でシェアを拡大する方法の一つとして、この大手企業はM&Aを積極的に展開していく方針をうちだしている。そこで前向きに検討したのだが、結果はノーであった。後日、その会社の社長に聞いたところによると、オーナー一族に莫大な「仮払い金」があったという。もちろん、破談になった理由はそれだけではないが、最悪のステークホルダーになってしまっているケースだ。

それとは別の会社でも、オーナー個人に対して会社の年商に匹敵するような金額の「仮払い」があった。そこで社長を退任して子息に社長を継承し、役員の退職慰労金として仮払いを処理しようとしたのだが、税理士からダメといわれ、社長交代もできないという話も聞く。

これなどは、最大のステークホルダーである経営を譲る側が、最悪のステークホルダーに転化して、経営を継承した新社長を苦しめる典型といえる。

ある大企業の話である。カリスマ的な経営者がすでに相談役になっていた。その人が1期2年だけ会長に復帰したのである。なぜ、会長に戻ったのか。

この経営者は、このままでは何年か後に自社は人件費負担で経営がおかしくなってしまう、という危機感をもっていた。近い将来に予想されるこの経営危機を回避するには、組織の中間部分をスリム化しなければならない。だが組織の中間部分のスリム化を実現するとなると、眼にみえない大きな抵抗がでてくる。その時の社長でもスリム化ができないことはない。しかし、見えざる抵抗に遭って時間がかかるだろう。それでは間に合わない。短期間に成し遂げなければ経営がおかしくなってしまう。

このような認識から、いったん相談役に退いた人間が会長に復帰するのは恥ずかしいことだが、どんなに強い見えざる抵抗があっても、腕力をもって強引に短期間にスリム化を実現できるのは社内で自分しかいない、といって会長に戻ったのである。そして2年後には会長も相談役も一切の役職を辞して、会社の役職からは総て離れてしまったのである。

この経営者が総ての役職を辞任した時の話も印象的だった。会長に復帰した所期の目的は、1期2年で全部達成することができた。そこで、次に何が会社にとって無駄かと分析したら、社内で果たすべき役割がなくなったのに、高い給料を取っている自分自身が一番ムダな存在だと分かったから、総ての役職から離れることにした、というのである。

この人らしい表現だな、と変に納得しながら話を聞いた。

ここまで徹底した考え方と行動は誰にでもできるものではない。しかし、少なくても社長を譲った後は、会長や相談役、顧問などといった立場から、それなりに会社に果たす役割があればもちろん良いが、もし、何も役割がなくなったと判断した時には、最悪のステークホルダーにはならないこと。そうなってしまっては、後継者の子息をはじめ社員に負担をかけることになり、自身が育ててきた会社にとってマイナスであることを肝に銘じておくことが必要であろう。

社長は最良のステークホルダーとして進退を判断することが必要だ。