優れた社長は社長という役を演じ切っている④

嫌な場面こそ逃げてはいけない


それとは反対のケースがある。嫌なことは下に押しつけて、自分は泥をかぶらないように立ち回る経営者である。

このような経営者に共通する特徴は、良いこと、都合の良い場面では、自分が代表者であると前面に出たがる傾向が強いことだ。

ある中小企業でのことである。資金繰りが厳しくなり、振り出した手形の決済日が数日後に迫っているのに、手持ち資金が足りないことがハッキリしている。どのようにやりくりしても不足分の資金が調達できないことも明らかだった。このままでは不渡りになってしまうという状況だ。

この中小企業の業種は、設備関係の機器販売とメンテナンス、それらに付帯する工事などを行っている。工事の仕事で、まだ着手していないが受注して契約書を交わしている案件があった。その契約金の半額と、手形決済のための不足金額がほぼ同額である。

そこで社長は、その工事を受注してきた営業担当社員に、契約金額の半額を手付金として手形をもらうようにと要請したのだ。その手形を割って不足資金に充て、急場をしのぎたいというのである。

資金繰りの内情を知っている営業担当社員は、発注先に出向いて代表取締役会長と代表取締役社長の2人を前にして、床に正座して頭を下げた。そして事情を話し、まだ着手していない工事代金を前払いしてもらえないか、と頼んだのである。

その本人に直接、話を聞いたところによると、お願いしながら涙がボトボトと床に落ちてきたという。

すると発注先の会長が、「それは君の仕事ではない。本来は社長が頼みにくるべきことだ」と言ったが、「分かった。会社にではなく、君に支払うことにしよう」と手形で支払ってくれた。また社長は、「バカだなぁ。そんなにしていないで、もう立ちなさい」と言ってくれたという。

ともかく、その社員は手形をもらって急いで会社に帰った。

帰りの道すがら、手形と一緒に辞表を出そうかとも考えたそうだが、思い留まったという。自分が受注したその工事が完了し、正式に引き渡しがすんだ時点で、辞表を出すことにしたのである。

その間、前払いしてもらったおかげで不渡りを回避できた会社の社長は、先方に一度も挨拶にいっていない。そして、その営業社員が退職してから間もなく、会社は破綻した。

これ以上の説明は不要であろう。経営者はどんなに嫌な場面でも、逃げてはいてないのである。とくに中小企業では、嫌な役割こそ自分が引き受け、そして、良い場面では、自分はできるだけ後ろに引きさがる方が良い。