優れた社長は社長という役を演じ切っている①

社長は誰も孤独で迷い続けている


社長には誰も都合の悪い話をしなくなる。これは社内の人間だけではなく、こちら側が優位にある商売上の人間関係では、みんなが耳触りの良いことしか言わなくなってしまう。そのために経営者は裸の王様になる危険性を常にもっている、ということはすでに書いた。

一方、それとは反対に経営者側にも迂闊なことは言えなくなる、という事情もある。業界団体の会合などで、同業者に本音を語れないのはお互い様かもしれない。それは当然だろう。お互いに隙あらば足をすくってやろうと、虎視眈々と狙い合っている。迂闊に本音を少しでも漏らしたり、弱みでも見せたならば言葉では同情するだろうが、本心ではシメタと喝采するのが同業者同士の関係というものだ。

さらに、経営者が本音を語れないのは同業者だけではない。実は、社内でも吐露できないような内容もある。役員会ではもとより、腹心にも迂闊に話せない本心もあるのだ。ましてや家庭で、伴侶といえども話せないことがある。

結局、最後の最後は自分自身しか頼ることができないし、自分で判断するしかない。しかも、その結果に対する責任は総て自分が負うことになる。だから、こうだと決断して走り出してからも、はたしてあれで良かったのだろうか、別の方針を選択した方が良かったのではないだろうか、他の選択肢はなかったのだろうかと、1人でいつまでも悩み続けたりする。

このように経営者は誰もが孤独であり、常に悩み、迷い続ける存在なのである。

上場企業のある社長(現在は会長)と取材の約束をしていた。約束時間の少し前に会社を訪ねたのだが、会議中だというので応接室で待っていた。

すると、約束の時間よりわずか数分遅れただけだったにも関わらず、「遅れてすまん」と言って応接室に社長が入ってきた。そして、時間どおりに会議を終了するつもりだったが、閉会が少しだけ遅れたのだと、約束の時間に数分遅れただけなのに理由を説明した。

さらに、その社長の話は直前に開いていた会議の内容にまで及んだ。会議ではある重要な決定をしたという。結論がなかなか出なかったのだが、最終的には社長がこの方針でいく、と確信を持って言い切ったというのだ。会議で社長が断言したという方針がどのような内容だったのかも説明してくれた。

そしてこの社長は次のように話を続けた。「しかし、本当にそれでよかったのだろうか。実は、もう一つの選択肢の方が良かったのではないかという思いが断ち切れないんだよ。会議では大丈夫だこれでいく、と断言したのだが、結論を出してしまった今でも迷っているというのが正直なところだ。君はどう思う」、と問いかけてきたのである。

一般には強面で、何事にも確信を持ち、自信にあふれた経営をしているようにみえる社長である。大学時代は体育会系で、見た目の押し出しもよい。しかし、内心は違う。本当は常に迷っている普通の経営者なのだという姿を、この時に垣間みた思いだ。この社長は、経営者の孤独な心情を隠そうとはしなかったのである。