改善基準告示と事業者の姿勢

M Report 2015年6月号から


改善基準告示はトラック運送業界にとって大きな課題だ。業界の現場の実態からすると労働時間、拘束時間をクリアするのはなかなか難しい。そこで、改善基準告示をめぐって事業者の姿勢が大きく2つに分かれる。労働時間や拘束時間をクリアしている事業者と、そうでない事業者である。このうちクリアしている事業者も、さらに2つに分けられる。まず、業務を近距離などに特化したり、中長距離でも工夫をし、荷主と協力したりしてクリアしている事業者(1-1)で、この事業者は問題がない。もう1つは下請けなどにシワ寄せすることで、自社だけをみればクリアしているという事業者(1-2)で、これは下請け事業者の法令順守が徹底されると、現状のビジネスモデルが成り立たなくなる。

次に、労働時間や拘束時間がクリアできていない事業者だが、これも2つに大別できる。1つは、何とかクリアできるように努力しているが、なかなか難しいので行政などに支援してもらいたいと要望している事業者たちである(2-1)。もう1つは、現状の実態からはクリアするのが難しいので、改善基準告示の内容を見直してほしいと行政などに要請している事業者たちである(2-2)。

改善基準告示等をめぐる事業者の姿勢
改善基準告示等をクリアしている 自社努力や荷主の協力で純粋にクリアしている事業者(1-1)
下請けにシワ寄せすることで自社ではクリア(1-2) 契約条件再検討や下請け事業者の見直し等が求められている
改善基準告示等をクリアしていない クリアしようと努力行政に支援を要請(2-1) 運輸行政も労働行政も法令運用面などで支援の方向
クリアできないので基準緩和を行政に要望(2-2) 運輸行政も労働行政も要望自体が論外として実質的に無視

まず、2-1と2-2の事業者からみることにしよう。運輸行政や労働行政の関係者などから受け取る印象によると、2-2(現状ではクリアすることがムリなので基準を緩めてくれるように要望)の要望に対しては、「論外」という姿勢が窺える。

それに対して2-1の事業者に対しては、困難であっても何とかクリアする方向で取り組もうとする努力を評価(本来あるべき事業者の姿勢)して、運用上で支援する方向にある。たとえば、これまでは労働基準機関から改善基準告示違反の通報を受けると、ただちに運輸支局が監査するという処理方針で臨んでいた。しかし今後は、まず適正化事業実施機関が改善指導を行う。それでも改善されない場合には、運輸支局が監査を行うという方法に改める方向にあり、早ければ今年夏から実施されるものと思われる。ただちに処分するのではなく、まず改善を促すという考え方である。

また、国交省と厚労省が設置した「トラック輸送における取引環境・労働時間改善中央協議会」なども、事業者の取り組みを行政的にバックアップするものといえる。これには1-1の事業者などは、モデルケースになるものと思われる。

1-2(下請け事業者にシワ寄せして自社はクリアしている事業者)は、コンプライアンスだけではなく運賃・料金などでも、下請けに負の転嫁をすることで経営が成り立つようなビジネスモデルを構築してきた。このような事業者は、コンプライアンスを徹底されたら、下請け事業者の現状では事業が成り立たなくなる可能性もある。そこで、ドライバー確保難なども含めて、コンプライアンス面から下請け事業者の見直しを図ったり、契約条件の再検討などを迫られている。

また、物流センターにおける手待ち時間の解消なども大きな課題だ。作業環境の見直しなど現場の実態の改善なども必要になっている。

現状をみると荷主よりも拠点運営などを請け負っている元請け事業者の姿勢の方が大きな問題のように思われる。「荷主が云々…」というが、発の荷主も着の荷主も、荷主自身が拠点運営をしているようなケースは少ない。発の拠点も着の拠点も実際には元請け事業者が業務受託している。したがって、元請事業者の姿勢が実運送事業者の労働条件の改善に大きな影響を及ぼしているのが実態だ。

自社ではコンプライアンスに問題がないということで、下請け事業者にシワ寄せしているようなビジネスモデルは今後は成り立たなくなってくるだろう。

1-1(改善基準告示などを純粋にクリアしている事業者)をみると、業務を地場配送だけに絞り込んだり、社内で中継輸送システムを取り入れたりと、自社の努力だけでクリアしている事業者と、荷主の理解や協力を得ながらクリアしている事業者に分けられる。

後者の場合では、最近、荷主の理解や協力姿勢にも変化が起きてきた。たとえば長距離輸送で改善基準告示を守るために、ある区間でフェリー利用にするといった場合、リードタイムの問題が出てくる。ある事業者は単車で長距離輸送しているが、一部の区間をフェリーにして、船内で休息を取るようにした。そのため荷主と話し合って翌日を翌々日にするなど、リードタイムの延長も実現している。

このように、最近は荷主も事業者の事情を理解し、協力する姿勢が強くなってきている。

これは生産性向上の面でも同様である。今後ますますドライバー不足が懸念される。そのような中でドライバーを確保するには労働時間短縮などが必須だ。

つまり、より少ない人員で、より少ない労働時間で仕事をこなせるようにしなければならない。それには生産性向上が不可欠になる。

このようなことから、トラック運送事業における生産性向上が大きな課題になっている。もちろん、どのような業種の企業でも企業として市場競争に勝ち残っていくためには、生産性の向上は普遍的なテーマである。だが、最近は成果配分の主たる目的に変化がみられるようになってきた。同時に荷主側の協力姿勢も大きく変わってきている。

まず、荷主の協力では、従来は主に発荷主(運賃を支払う荷主)の協力だけだったが、最近では発着荷主(運賃を支払わない側の荷主も含めて)も運送事業者の生産性向上に協力的になってきつつある。

このような荷主企業の協力姿勢の変化の背景には、国内市場の縮小への対応や環境負荷低減のためには生産性向上が不可欠なこと。さらに、ドライバー不足などにより輸送サービスの安定的な確保が重要になってきたからである。市場縮小の進行によって物流が非効率的になる分を、生産性向上によって補わなければならない。しかもトラック運送事業者には改善基準告示という大きな課題がある。これら事業者の課題をクリアしなければ、荷主にとっても安定的な輸送サービスの確保ができなくなってくる。そこで、発荷主だけではなく着荷主にとっても事業者への協力が重要になっているというわけだ。

一方、事業者側においても、生産性向上の目的や、生産性向上によって生み出された成果配分が変化している。従来は生産性向上の目的は利益率の向上と競争力の強化だった。しかし、最近はコンプライアンス・コストの充填に振り向けるようになってきた。労働時間短縮や賃金アップなど、生産性向上によって得られた成果を、労働力確保の原資に充当するようになってきたのである。

このような点で、事業者と発着両荷主の認識と目的が一致するようになってきた。労働力の確保は事業者にとっては競争力の強化であり、荷主にとっては輸送サービスの安定的確保なのである。

そこで、荷主主導型で生産性向上が進められるようなケースもでてきた。ライバル企業同士が物流面では共同化に取り組んだりしているのは、そのためである。だが、これでは事業者はどこまでいっても従属的な関係から抜け出すことができない。荷主の意識の変化をとらえ、共同して生産性向上に取り組むべきである。生産性向上への取り組みは、事業者が荷主企業と対等な契約関係を構築するためのチャンスでもある。

直面している改善基準告示という大きなテーマにどのような姿勢で臨むか。事業者にとっては、自社の将来を方向づけることにもつながってくる。