奇しき因縁と「メール便市場」考

M Report 2015年2月号から


お気づきの方も多いと思うが、当リポートの1月号は郵便で発送した。今年の1月号は212号なので、リポート発刊から17年8カ月になるが郵送は初めてである。

当リポートは、創刊当時から約5年間はクロネコメール便で、その後は飛脚メール便で発送していた。しかし、昨年の後半ぐらいから一部地域の読者から遅配になっているとの連絡が入った。宅配便とは違うので翌日や翌々日配達といったことはなく、メール便の場合は発送後数日かかるのは仕方がない。それでも早い地域では翌々日ぐらいには届いて、読者からリポートの内容についての問い合わせがあることもあった。配達の遅い地域でもだいたい発送後4、5日ぐらいには届いていたはずである。

ところが昨年後半ぐらいから、一部地域では1カ月以上の遅れという連絡が入った。2カ月分がまとめて配達されるようなケースもあった。さらに、他の地方の読者からも、発送後2週間ぐらい経っているのに「今月号がまだ届かない」といった電話が入った。

このようなことから年末の混乱などを考慮して、新年号は郵便で発送したのである。

「メール便」を最初にサービス化したのはヤマト運輸で、そのヤマト運輸が本年3月31日の受付分をもってクロネコメール便を廃止すると発表した。

ヤマト運輸は1996年6月に「メール便」という商品コンセプトを明確に打ち出した。そして翌1997年3月から本格的に営業を展開したのである。ついでながら、偶然にもこの1997年3月に当社(有限会社物流ジャーナリスト倶楽部)を設立したので感慨深いものがある。

その後、主要な路線便事業者(特別積合せ)などがメール便市場に参入した。メール便はDMなど、従来は郵便で送られていた市場に民間事業者が切り込む形で市場を拡大してきた。さらに運送事業者だけではなく、以前からDMの発送業務を受託していた事業者なども、自分で直接配送まで手掛けるなどの形で参入してきた。このようにメール便市場は守る郵政vs民間メール便事業者という構図で展開してきたのである。

メール便の増加に伴い、国土交通省が「メール便」を定義したのは2000年4月27日付けの通達においてであった。しかし、国交省の定義はマーケットの実態からは少しズレている。このようなことから当リポートでは国交省の定義とは別に、メール便を「郵便と同じように送達される『信書』以外のもの」という独自の定義でこれまでリポートしてきた(ただしメール便取扱冊数のデータなどは国交省の集計をそのまま使用)。

一方、総務省郵政事業庁から日本郵便公社になったのが2003年4月から。公社を経ていずれは株式会社化されるというのが既定路線であった。同時に、郵便事業も民間に市場開放しなければならない。このような中で総務省は「信書の指針」を出してきた。率直にいえば、郵便公社の「既得権益」を民間事業者の浸食から守るためのものである。

いずれは民間事業者にも「信書」を取り扱えるようにしなければならないが、資格要件を厳しく設定することで、民間事業者にはユニバーサルサービスが実質的にできないようにして(制限的市場開放と表現することもできる)、日本郵便(現在)の市場を守る。この「信書」を取り扱う事業者は総務省の管轄下である。一方、「非信書」はメール便で取り扱うことができ、メール便事業者の管轄は国交省になる。そこで「信書」と「非信書」の定義を難しくすることで、できるだけ日本郵便(現在)の市場を擁護するようにしたのだ。

このようなことから「信書」の定義が分かりづらく、恣意的な解釈の余地が大きい。そこで今日まで、日本郵便(現在)≒総務省とメール便事業者の間では「信書」の解釈をめぐる攻防が、利用者とは関係ない水面下で続いてきたのである。

メール便との関わりという点では、リポーターは2003年10月に『メール便戦争~1兆円市場をめぐる攻防』(プロスパー企画)を上梓している。日本郵便公社となったのが同年4月から。公社を経ていずれは株式会社化されるという状況の中で、日本郵便(現在)と民間メール便事業者の攻防をリポートしようと考えたからであった。当時の郵便市場は2兆1673億円(2002年)。このうちメール便で取り扱っても違法にはならない非信書がどの程度なのかは公表されておらず、また、独自の取材を通してもデータが開示されなかったので分からない。そこで各種の公表データや各方面への取材を通して、非信書の規模すなわちメール便市場を約1兆円と独自に推計した。そこから「1兆円市場をめぐる攻防」というサブタイトルを付けたのである。

それはともかく、メール便の現在の市場は国交省の調べによると、2013年度で56億3771万7000冊(前年度比103.0%)で、各社のシェアは以下の通りである。

順位 名称 シェア
1位 ゆうメール(日本郵便) 59.0%
2位 クロネコメール便(ヤマト運輸) 37.0%
3位 ポストウェイメール便(ポストウェイ) 1.6%
4位 飛脚メール便(佐川急便) 1.3%
5位 中越メール便(中越運送) 1.1%
6位 カンガルーメール便(西濃運輸) 0.06%
7位 フクツーメール便(福山通運) 0.05%
8位以下 その他(3便) 0.02%

ご覧のようにメール便市場の約6割のシェアを日本郵便が占めている。それに次ぐのはヤマト運輸で、両社を合わせると実にメール便市場の96%を占めるという市場構造だ。このようなことから、シェアの低いメール便事業者は、配送密度の薄い地域では末端配達を日本郵便に委託しているような実態もある。

メール便市場はまさに寡占化の典型ともいえるが、ここからヤマト運輸が撤退するとなると、現在の国会の状況ではないが日本郵便の1強多弱となる。国会よりも極端な1強多弱である。

ヤマト運輸によると、3月31日の受付分をもって「クロネコメール便」を廃止する。同社はその理由を、「お客さまが知らないうちに信書を送ってしまうリスク」を防ぐためとしている。早いもので『メール便戦争』を上梓してからすでに約12年が経つ。だが、現在まで「信書」の解釈をめぐる攻防が続いているのである。

なお、『メール便戦争』では先述のように国交省とは異なる独自のメール便の定義を前提にしている。また、総務省の「信書」の定義についても、「役所が信書を判断するのではなく、利用者が自己責任において郵便とメール便の使い分けを判断すれば良い」、という基本的なスタンスでリポートした。

ヤマト運輸によると2009年7月以降で、信書をクロネコメール便で送った顧客が、郵便法違反容疑で書類送検されたケースが8件あったという。顧客がクロネコメール便を利用して「信書」にあたる文書を送り、郵便法違反容疑で書類送検、もしくは警察から事情聴取されたケースである。なお、総務省公表による郵便法違反事例件数は2006年~2010年度で79件、そのうち3件は書類送検されている。

このような状況の中で、2013年の総務省情報通信審議会郵政政策部会で、ヤマト運輸は「外形基準」導入による信書規制改革を提案した。その中で同社は、利用者が「信書」を送ってしまっても、利用者ではなく受託したメール便事業者だけが郵便法違反に問われる基準にすべきだと訴えたのである。だが、その主張は通らず、利用者のリスクを防ぐことができない状態になっている。

このような経緯や現状から、おそらくヤマト運輸は、どこまで行(言)っても「信書」論争は埒が明かないと判断したのであろうと思われる。

そこで現在の「クロネコメール便」を廃止し、新たに4月以降は「クロネコDM便」と名前を変えてサービスを継続するという。「クロネコDM便」は、事前に確認できた非信書を発送する法人顧客に、運賃体系を見直してサービスを継続するというもの。もう1つは、小さな荷物のニーズに対応するため、4月1日から「宅急便」に新メニューを加えてサービスの充実を図るようだ。

2013年度のクロネコメール便の取扱冊数は20億8483万1000冊で売上高は約1200億円である。そのうち利用者の約9割は法人の顧客が占めている。

しかし、同社ではクロネコメール便を廃止しても業績への大きな影響はなく、新サービスへの変更などで、むしろプラスになるとしている。

クロネコメール便に替る「クロネコDM便」は、先述のように事前に非信書と確認できる法人で、料金も見直しする。全体の9割を占める法人顧客に絞り込むことで、BtoCのサービスが主になる。CtoCの取り扱いを止めることで効率化が図れる。

一方、CtoCの方が平均単価は高い。法人のBtoCでは料金の割引があるからだ。そこで料金見直しによって、従来よりもBtoCの平均単価を引き上げるという考え方なのではないかと思われる。

また、小さな荷物を対象にした宅急便の新サービスは、ネット通販などの市場拡大への対応という意味がある。これは小さな荷物の法人ニーズだが、同時に、オークションやフリーマーケットサイトなどによる個人客からの小さな荷物のニーズも増えてきている。

このようなことから同社では、①宅急便60サイズ未満の小さな荷物に特化したリーズナブルな料金設定で送れる翌日配達、②セールスドライバーの情報入力によるタイムリーな配達情報の提供、③宅急便ネットワークを活かしたセールスドライバーによる集荷と受付窓口の充実、④受け手の利便性をさらに充実して宅急便レベルのスピード配送で初のポスト投函サービスの導入、これらを小さな荷物の宅配の基本的な考え方にするとしている。

これら新サービスなどを総合的に判断すると、今秋に予定されている日本郵政の株式上場を前にして、日本郵便との新たなステージでの競争に対抗するヤマト運輸の姿勢とみることができる。

これも奇しき因縁といえるが、リポーターは昨年1月に『ネット通販と当日配送~BtoC-ECが日本の物流を変える』を上梓した。ネット通販にとって宅配便やメール便は不可欠なインフラである。また、メール便と宅配便は料金体系が異なるので、商品によって使い分けることがコスト削減のポイントになる。メール便で送れる荷物なら、宅配便よりもずっと送料を安くできる。

また、国交省のデータの通りメール便は寡占化しているので日本郵便にメール便扱いの荷物が集中化する傾向にあった。つまり大手の宅配便事業者といえども、「信書」問題とは別にメール便の配送コストの問題があったことは否定できない。さらに配達員確保の問題が追い打ちをかけた。このようなことから、従来のメール便からは撤退してサービス一新を図り、同時に、単価の引上げもヤマト運輸の狙いなのではないかという推測もできる。ネット通販を専門に行っている物流事業者も、現在の時点ではまだ先が読めないのが実態という。

なお当分の間は、当リポートは郵便で発送する予定である。