TPPと国内の物流業界

~ 物流業界にとって関税撤廃は間接的影響だが非関税障壁撤廃は直接的影響 ~

M Report 2015年12月号から


TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に関して、参加予定各国による基本合意ができた。まだTPP加盟を決めていないASEAN加盟の一部の国からも、参加を希望する動きがあるようだ。アメリカの大統領選挙や各国それぞれの国内事情などもあって、まだ流動的で最終調印までには時間がかかるだろうが、基本的にはTPPが締結されて日本も加盟することになるのは間違いないだろう。それを前提に国内では走り出している。各省庁もTPPによる影響予測の検討を進めているし、農業分野などでは、すでに「補償」の話になっている。

もちろんTPP加盟で日本の農業が大きなダメージを受けることが予想される。だが、TPP加盟で影響を受けるのは農業分野だけではない。それぞれの分野への影響を正確に予測するのはムリだろうと思われる。にも関わらず農業では補償が具体的な検討課題になっているのは、ひとえに政治力のなせる業といえる。補償交渉を進めるには、来年の参議院選挙前の方が有利な条件を引き出せるといった農業団体側の戦術もあるだろうし、反対に、与党側では補償の具体化は参議院選挙対策という思惑もあるはずだ。

ところで、マスコミも含めて不思議なのは、TPP関連では関税をめぐる議論がほとんどで、非関税障壁問題にはあまり触れられていないことだ。もちろん関税撤廃(段階的撤廃も含めて)は、日本の経済に大きな影響をもたらすことは間違いない。とはいえ、非関税障壁の問題については専門家もマスコミもほとんど触れていないのが摩訶不思議なのである。TPPに関しては交渉内容などが情報公開されていないため、影響予測が難しいのも事実だ。それにしても、非関税障壁がどのように撤廃されるかは、経済分野だけではなく日本社会全体を大きく変えることになる一大事のはずである。

たとえば医療分野ではTPP加盟で自由診療に道を開く可能性も指摘されている。すると、日本の国民皆保険制度の崩壊にもつながってくることが危惧される。同じように社会福祉関係の分野では年金制度の問題がある。現状の厚生年金や国民年金は、すでに制度的疲弊が顕著になってきつつあるが、TPPに加盟すると401Kなどが敷衍してくることが予想される。現在でも企業年金などは確定給付から日本版401Kともいわれる確定拠出に移行しつつある。それでも、まだ劇的な変化ではない。だが、本格的な401Kとなるとセーフティネットではなく、資金運用や投資といった性格になってくる。ごく一部の人はその恩恵にあずかれるだろうが、大部分の国民は僅かな金額とはいえ老後の保障を失う結果になるだろう。これは大きな社会問題であるとともに、経済的な面からみると結果的には内需の大幅な衰退をもたらす。

またTPP加盟で労働市場も大きく様変わりすることが考えられる。まず現場労働では、外国からの安い労働力の流入に道を開く。専門職や営業職、事務職や管理業務などでは、残業代ゼロやホワイトカラー・エグゼンプション(労働時間規制適用免除制度)が導入されるだろうと思われる。すると従来型の「雇用関係(契約)」は現場労働だけになり、しかも人件費の安い非正規雇用労働者や外国人労働者が主になる。そしてホワイトカラーは一見「雇用関係(契約)」であっても、実質的には請負的な「契約関係」になってしまう。

このように非関税障壁の問題は、日本全体の社会構造に大きな変化をもたらす。

では、TPPがトラック運送業界にどのような影響を及ぼすのか。それを分析するには関税撤廃と非関税障壁撤廃という2つの面からみることが必要だ。

関税撤廃(段階的ではあっても)は、直接的には荷主企業の問題である。関税撤廃によって、どのような影響があるかは荷主企業によって異なる。物流事業者への影響は自社の取引先である荷主企業の影響に伴って異なってくる。このように関税問題は物流事業者にとっては荷主企業を介した間接的影響である。

だが、非関税障壁がどのようになるかは、物流事業者に対して直接的な影響を及ぼす。

まず、国内だけで事業を営んでいるトラック運送事業者にも国際競争の波が押し寄せてくることを指摘しないわけにはいかない。もちろん、日本の中小トラック運送事業者の海外進出も増えるだろうが、反対に海外の運送事業者が日本に進出する可能性に道を開くことになる。日本は海に囲まれているから、という発想は通用しない。

九州の日産自動車九州と釜山のルノーサムスン自動車間では、すでに2012年10月から、日韓ダブルナンバーをつけた日本通運のトレーラ・シャーシによる部品輸送が始まった。そして翌2013年3月からは、韓国の天一(チュンイル)定期貨物自動車のシャーシもダブルナンバーで日韓輸送を始めた。航路としては釜山~下関、釜山~博多の2航路である。

さらに、今年10月には日本通運のシャーシが日中両国で自動車検査登録を完了。上海スーパーエクスプレスのRORO船で、博多~上海航路を利用した日中間のトラック輸送が始まる。

これら日韓や日中の2国間におけるシャーシ相互通行では、各国による車両安全基準の差異などを調査、対応策の見当が必要だが、今後、TPPだけでなくFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)などにより、経済のグローバル化が進めば、多国間での車両安全基準などの調整や統一化が進むことが考えられる。非関税障壁とはこのようなことを指し、いずれは複数国間における事業法の調整などにもつながってくる可能性もある。

このようにTPPなど経済グローバル化に伴う物流、トラック運送などに関する非関税障壁の問題と、その影響などについて、業界として調査・研究することが必要だと思われるが、どうも、そのような認識があまりないように感じられる。