長時間労働とトラック運送業界


長時間労働などに伴う女性社員の過労自殺に端を発した一連の問題で、厚生労働省は大手広告代理店の電通に立ち入り調査した。この女性が女子寮から投身自殺した問題では、三田労働基準監督署が、残業が月105時間あり、うつ病を発症していたと判断して労災認定していた。

電通の東京本社と名古屋、大阪、京都の3支社に対する抜き打ちによる立ち入り調査だけでなく、電通東日本(東京都港区)、電通西日本(大阪市)、電通九州(福岡市)、電通北海道(札幌市)、電通沖縄(那覇市)の子会社5社などにも立ち入り調査に入った。その後の引き続く調査なども含めて、これだけ本格的な調査は異例のケースではないだろうか。

報道によると、同社では厚労省告示で限度と定められた月45時間を超えて労使協定を結んでいたことが判明したという。だが、労使協定の残業時間という建前とはべつに、実際にはそれ以上の残業をしていたのではないかと思われる。さらにその後の経緯をみると、次々に新たな問題が明らかになってきたようだ。

トラック運送業界でも長時間労働の改善は大きな課題になっている。だが、トラック運送以外の業界でも「隠れ長時間労働」ともいえる実態があるように思える。

電通のような業種に限らず、営業職、IT関連従事者、その他、様ざまな業種で働く人たちの労働時間は、厚労省などが集計・発表しているデータよりも実際にはずっと長いのではないかと推測されるからだ。とくに大手企業で働くホワイトカラーやカジュアルカラー(IT関連業界)などは、公式の残業時間を超えた労働が一般的とみて良いのではないか。

たしかに仕事の性格上、どこからどこまでが労働時間かを明確に区分けすることが難しい業種があることも事実だ。しかし、とくに大手企業などでは社会的「責任」という面から、対外的にはコンプライアンスを強調しなければならないという建前がある。そのため、協定上の残業時間までは残業代を支払うが、それ以上の残業時間に関しては残業代を足切りして残業がなかったことにする、といったことも一般的に行われているとみてい良いだろう。

行政側も、そのような実態を全く知らないわけではないはずだ。見ぬふりをして、知らぬふりをしてきたに過ぎない。これまでもこれからも、過労自殺と認定されるなど問題が表面化しない限り、見なかったことにし続けるはずだ。

それに対して、工場労働者などブルーカラーの場合は、比較的実態に近い労働時間が集計されているように思える。工場労働ではタイムカードで労働時間をかなり正確に集計できる(タイムカードで終業を刻印してから働く場合が無きにしもあらずだが)。また、トラック・ドライバーもデジタコなどのデータから、かなり正確に労働時間や拘束時間が集計できる。もちろん労働時間短縮は重要な課題だが、実態としてはホワイトカラーやカジュアルカラーの労働者の方が、実際の労働時間が長いケースも少なくないのではないかと思われる。ただ、その実態がデータとして集計されていないだけなのである。

全日本運輸産業労働組合連合会(運輸労連)が、今年5月に実施したトラック・ドライバーへのアンケート調査が発表された(詳しく知りたい方は、運輸労連HP「トラックドライバーアンケート2016年度調査」参照)。この調査は、高速道路のサービスエリアやパーキングエリア、一般道や道の駅などで、組合員がトラック・ドライバーを対象に実施したもの。とくに未組織ドライバーを対象にしているという。

同調査によると、今年4月の残業時間が101時間超は3.7%で、前年の調査とほぼ同じ水準になっている。残業60時間までが60.1%、さらに「残業はしているが時間は分からない」が21.0%であった。残業時間が分からないというのは、賃金制度が歩合制になっており、「後付け」で給与明細上は残業代としているからではないかと推測される。

また残業代の支給状況では、「実際の残業時間で支給されている」が52.9%。それに対して「残業はしても支給されない」が14.2%である。

労働実態も、連続運転時間が「4時間以内」が72.7%、「5時間以上」が26.1%で、全体的には改善基準告示違反が増える傾向にあるという。

さらに、「点呼をほとんど受けていない」が9.3%もあり、健康診断も「実施されていない」が3.5%という結果だ。

トラック・ドライバーの場合には、長時間労働による過労運転が大きな事故を引き起こす要因になる可能性がある。そして大事故が起きてからでは取り返しがつかない。

トラック運送業界の実態をみると、コンプライアンスに対する事業者間での2局分化が進んでいる観がある。労働時間短縮をはじめ労働条件の改善、賃金水準の向上に努力している事業者が増えている一方、コンプライアンス意識が低い事業者が依然として存在する。

今後は、コンプライアンスに対する認識の2局分化と業績の2局分化が一体化してくるのではないかという気がする。